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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[24]


 十二日目――
「外では我々を助けるためにいろいろな人が努力しているはずだ! そこで我々六パーティ、三十六名は、救援が成し遂げられるまでの間、ここで一人でも多くのプレイヤーが救出されることを願い、コロシアムの自治を行おうと立ち上がった! 異論のある者は、今のうちの主張して欲しい!」
 運動場中央に集まる六パーティ三十六名を傍らに置き、眉目秀麗なリトルジョンは朗々と響く凛々しい声を張り上げていた。
 やはりというべきか、反応らしい反応は無い。
「とりあえず、こんなもんだろ」
 “AZUSA8GO(アズサ八号)”という変わったキャラ名を用いる大柄な男性外装魔術師が肩をすくめた。
 話によると、彼はWiGO(WIZARD GUNNER ONLINE)のユーザーなら誰もが知っているWiGO専門総合情報サイト『梓駅舎』の管理人らしい。リコには今ひとつピンとこないが、駅長と呼ばれる彼の影響力は決して小さくないそうだ。
「じゃあ、移動する?」
 アズサの左隣に立つ女性外装魔術師が馴れ馴れしい口調で彼を見上げつつ、訪ねた。
 “DI-RIDDE(ディーリッド)”という名のプレイヤーだ。
 濃紺のケープを羽織ってこそいるが、その下の萌葱色のローブは裾をたくし上げ、腰の縄で折り返させることで膝頭を見せるという変わった着こなし方をしている。そのうえブロンド・ロングストレートはサラリと腰に達するまで流しているが、今ひとつ、目が大きすぎ、その表情にも顔面神経痛でも起こしたかのような違和感が感じられるせいで美人には見えない。
 実像とは大きく離れた外装を使っている典型的な状態である。
 もっとも、それを言い出せば他の面々も同様だ。
 表情や仕草に違和感が無いのはリコを除くとジン、アケミの二人しかいない。リトルジョンにしても歩き方が微妙に変だ。表情をあまりかえないアズサも階段を登る際には何度となくつまづいている。
(なんだかなぁ……)
 リコは自分が不思議の国に迷い込んだアリスのように思えてきた。
 周囲にいるのは魂を吹き込まれたマネキンたち。
 生身のまま、兎の穴に落ちたのは自分とジンとアケミの三人だけ……
「よーしっ、ラサとパーンとブラッドのパーティは装備を整えたら狩りの方、頼むぞ。残りはここで待機。できるだけ回りに話しかけるように」
 アズサの言葉を受け、一同はゾロゾロと動き始めた。
 リコは無意識のうちにジンとアケミを探した。二人は少し離れたところで周囲を眺めながら小声で何やら話し合っている。これから誰に話しかけるか相談しているのだろう。一応、精神的に参っている人を優先することになっているが、当面はプレイヤー全員に寝床を用意することが目的である。そのためにはインテリア系アイテムを買いそろえなければならない。狩りに協力してくれる“戦える人材”の確保も重要だ。
(しょうがないな……)
 二人のことだ。いつまでも決断できず、まごついてしまうだろう。そう考えたリコは二人のもとに向かい、一緒に動こうと思ったのだが――
「リーダー、ちょっといい?」
 背後からリチャードが声をかけてきた。
「なに?」
 少しだけムッとしたが、その思いを無意識的に押さえ込みつつ、リコはクルリと振り返った。
「いや、とりあえずこれからのことなんだけど……」
「例のことだろ?」
 アズサが言葉を挟んでくる。
 同時に、傍らにいるディーリッドが冷ややかな視線をリコに向けてきた。
 完全にライバル認定されたらしい。
(はいはい)
 悲しいかな、この手の騒動には馴れている。伊達に女子高校に通ってるわけではない。
「例のことって?」
 リコはリチャードに尋ねた。
「人材だよ」
 面倒なことに、答えたのはアズサだった。
 ディーリッドがムッとしているが、彼はそのことに気づいていないらしい。これだから男は。
「とりあえず長くなるから、座って話さないか?」
 アズサがそう告げると、気を利かせた彼のパーティメンバーがSHOPの脇に木製の丸椅子を具現化させていった。
「あり。勧誘任せた」
 拳を突き出すアズサ。メンバーは親指を突き立ててから離れていく。
 気心の知れた間柄という気もするが、妙に芝居がかっているようにも……いや、今は人材の話だ。
「ありがとう」
 立ち去るプレイヤーに礼を告げたあと、リコは椅子のひとつに腰を降ろした。
「それで?」
「リーダー、オンラインゲームはこれが初めてですよね」
 左隣の丸椅子に腰掛けたリチャードが尋ねてきた。
「まぁね」とリコは足を組みつつリチャードに顔を向ける。「確かリチャードと駅長さんは『WIZARD GUNNER ONLINE』での知り合いなんだよね?」
「呼び捨てでいいよ。駅長で」
 アズサはリコの正面の椅子に腰を掛ろした。隣にはディーリッドが腰掛ける。表情は普通だが、リコを見る眼差しは妙に冷たい。どうでもいい話だが。
「他にもいますよね」
 とりあえずリコはアズサに話を振ってみた。
「あぁ。うちのパーティと狩りに出た連中全員がそうさ。陣営こそ違うがな。あと、リトルジョンと、そっちのパーティのボーイ、ワイズも俺ほど中毒じゃないにしてもそうだったはずさ」
「呼びましたか?」
 リトルジョンが近づいてくる。
「あぁ、ちょうどいい。おまえ、GAF(ギャフ)もやってたよな」
「そっちがメインです。WiGOはチームの付き合いで少しだけです」
 リトルジョンは自分で丸椅子を具現化、そこに腰掛けつつリコに尋ねた。
「もしかして“K−OH(ケーオー)”くんの話ですか?」
「KO(ケーオー)?」
 リコはリトルジョンに尋ね返した。
 彼(彼女)は「あっ――」と告げると、
「『GUN ARM FRONTIER』というオンラインゲームがあるんです。自作のロボットに乗って戦うゲームなんですが――」
「超マニア向けゲームさ」とアズサ。「ただ、マニア向けだけあって、アドバンスド・コントロールを使いこなしてる連中、どんなゲームやっても恐ろしい腕前を発揮しやがる」
「つまり――」
 リコはリチャードを見た。
「そのギャフとか言うゲームの上級者がここに?」
 リチャードは頷き、リトルジョンを見た。彼(彼女)が説明を引き継いだ。
「GAFにはいろんなランキングがあります。詳しいことは面倒なだけですので省きますが、その中のひとつにチームランキングというものがあって、そこで必ず上位に食い込むチームは“トップチーム”と呼ばれています。全部で十チームぐらいしかありません。そのメンバーが、ここにいるんです」
「片方はGAFに限らず、オンラインゲーマーの間では有名なやつさ」
 アズサが補足した。
「FVが普及する前、『WARLORD』シリーズっていうストラテジーゲームがあったんだが、そのプレイ絵日記で人気を得た“レイストリン”って……今は違うんだよな?」
「GAFでは“レイス”でした。ここでも同じ“レイス”だそうです」
 リトルジョンが言葉を継ぎ、リコに顔を向けた。
「GAFには作戦目標を効率良く達成することが求められるワールドステージという遊び方があります。そこで突出した成績を叩き出してるトップチームのひとつが、レイスさん率いる“ The Order of Dragon Lance (竜槍騎士団)”なんです。最近は勝率が落ちていますが、今でも有名なトップチームなんです」
「ぶっちゃけ、レイスってやつが戦闘指揮官として、かなり腕の立つプレイヤーだってことだ」
 アズサは腕を組みつつ、遠方に視線を向けた。
「だからこそ、攻略してみようなんて言い出したんだろ」
「――えっ?」
 リコは振り返った。
 視線の先、南西部の観客席には、彼女たちが攻略隊と勝手に呼んでいる一団の寝床がある。人が少ないように見えるのは、半分が狩りに出かけているせいだろう。
「もしかして、あの連中の?」
「リーダーだ」
 アズサは片頬を引きつらせた。苦笑しているつもりらしい。
「あそこには他にもGAFユーザーがいる。しかも、ドラゴンなんとかと双璧を為す、もうひとつのワールド系トップチームのメンバーがいるそうだ。そいつもまた、GAFでは有名なヤツらしくてね」
「モデラーとバトラーの間では、ですね」
 話題がGAFだからだろう、リトルジョンはどことなく楽しげな表情で語り続けた。その表情の自然さを考えれば、顔についてはそれほどいじっていないのかもしれない――という憶測を、リコは横に置いておくことにする。
 リトルジョンは生き生きと語り出した。
「GAFでは操作するロボットのパーツを自作できます。ただ、自作するには絵心というか、造形心というか、そういうものが必要になるので、実際に自作する人はそれほど多くありません。そのため、パーツを自作する人をGAFではモデラーと呼ぶのが通例なんです。あと、接近戦に情熱を傾けるプレイヤーをバトラーと言います。このモデラーとバトラー、両方で“上手な人”といえば必ず名前があがるプレイヤーに“K−OH(ケーオー)”という人がいるんです」
「その人がいるってこと? でも、別にだからといって……」
「いえ、“K−OH(ケーオー)”くんが仲間になるなんて、これほど心強いことはありません!」
 リトルジョンは力説した。
「“K−OH(ケーオー)”くんは随分前から、彼のお姉さんがリーダーを務めるチームのモデラーとして活躍してましたし、その関係もあると思うんですが、ガンアームの構造からくるアクションの見極めがとんでもないレベルにあるんです。それに反射神経とか動体視力とかも並みじゃありません。以前、彼のコクピット視点のリプレイムービーが公開されていたんですが、廃墟の中、ヒートナイフだけで次々と敵の重武装ガンアームを撃破していく光景、もうバトラーの理想としか――」
 そこで彼(彼女)は口を閉ざした。ようやく自分が席を立って力説していたことに気づいたのだ。
 他の面々は目を点にして彼(彼女)を見上げている。
 一瞬だけ顔を赤らめたリトルジョンは、
「――すみません」
 と腰掛け、恥ずかしげに小さくなった。
「……まぁ、なんだ」
 アズサがボリボリと顎の下をかいた。
「GAFでそれだけ強ければ、ここでもけっこうな強さだろうと、そういうことだ」
「だからスカウトするの? 別に異論は無いけど……?」
 リコは不思議そうにリチャードに顔を向けた。  と、リチャードは脚を組みながら、
「こっちとあっち、方針が違うっていうのが――ほら、こっちは救援が来るまで待ち続けられる体制を整えることが第一義。向こうは積極的に迷宮を攻略することで脱出しようというのが第一義。どう思います、リーダー?」
「いいんじゃない、別に」
 リコは席を立った。
「私も積極策には反対だけど、完全に切り捨てるのもどうかと思うわ。それにあそこの人たち、全員、自主的に参加してるんでしょ? だったら違う形で協力しあえるかもしれないじゃない。現状をどうにかしようって部分では共通してるんだし」
「そうもいかんだろ」
 アズサが顔を歪めながらリコを見据えた。
「自治会が二つも三つもあったら逆に混乱すると思わんか?」
「――へっ?」
 リコは不思議そうにアズサを見返した。そもそも前提がおかしい気がする。
 だが、アズサは自明の理とばかりに持論を展開していった。
「WiGOでの経験から言わせてもらえば、こういう活動は一本化しないと妙なことになる。ぶっちゃけ、意地の張り合いみたいなもんから確執が生まれるってことだ。だいたい、連中は自分のことしか考えていないだろ。寝床だって自分たちの分を作るだけ作って、他の連中は放置状態だ。違うか?」
「……まぁ、そうね」
 反論したいところもあったが最後の部分は間違っていない。
「もちろん――」
 アズサは語り続けた。
「自治会としては、狩りの効率化って点から言っても、腕の立つプレイヤーは一人でも多くいて欲しいのは確かさ。だが、ああいう自己中な連中が協力してくれると思えるか? しかも単なる協力関係、横の付き合いになるなら、それは後々、騒動の原因になる。自治会の下に入るなら問題無し、入らないなら距離を置いて連中が攻略のためにコロシアムを出て行ってくれるのを見送る。これがベターだっていうのが、俺の意見だ」
「……リトルジョンは?」
「私は人間関係とか組織運営とか、そういうものは苦手なので意見は保留です。強いて言えば、“K−OH”くんに一度ぐらい挨拶しておきたいぐらいで……」
 ファン心理というやつだろう――とリコは推測した。
 リチャードが尋ねてくる。
「リーダーの意見は?」
「……他のパーティリーダーの意見は?」
 彼女はアズサを見た。
「俺と同じだ」とアズサ。
「そうじゃなくて、勧誘するのかしないのかよ。だいたい、向こうが協力を蹴ったとしても、十階層まで攻略するなら、ベースキャンプを下に移していくしかないはずじゃない? つまりなにをどうやろうと、いずれ出て行く――それなら、寝床の設置に必要な資金が溜まるまでを目処に、しばらく協力して欲しいって言っておけばいいじゃない。彼らにしたらタダ働きするって部分で引っかかるかもしれないけど、狩りで経験値は溜まるし、ベースキャンプを移しても根っこの部分でこっちとつながってることになれば、精神的にも悪くない取り引きのはずよ」
「じゃあ、勧誘するってわけか?」
「私の意見はそう。で、他のパーティリーダーの意見は?」
「だから、俺と同じだって。勧誘しない、だ」
 アズサは顔を歪ませた。やはり苦笑が苦笑になっていない。
「あくまでWiGOでの経験で言えば、あの手の連中は触らず、近づかずが、一番平和な付き合い方だと――ぶっちゃけ、結論を出すのは先でもいいんじゃないかってところだ。今日明日に連中が移動するわけでもないだろうし、移動したところで遙か遠くに行くわけでもないだろ」
「放置四、棄権一、勧誘一ね」
 リコは前に垂れ下がった金髪をかきあげた。
「しばらく放置するってことで決定したじゃない。なにか問題ある?」
 彼女はリチャードに尋ねた。
 リチャードは肩をすくめるだけだった。

To Be Contined

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