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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[21]


 目を閉ざそうが耳を閉ざそうがイヤになるくらい、アレの声が響いてくる。
(サルじゃあるまいし)
 リコは再びウィンドウを展開させたが、やはりシステム画面にはボールオブジェそのものが存在していなかった。これではマイルームに帰ることは元よりログアウトすることすらできない。だったらいっそ、第一階層に降りてしまえば――いや、無理だ。ストーンサークルの周囲には中央と同じぐらいの“肉欲の集合体”が存在している。
 いや、だからといってここに居座り続けても――
「ねぇ、そこのキミ」
 不意に妙に耽美な顔立ちの男性外装が声をかけてきた。
 反射的にキッと睨みあげる。
 こうすれば、だいたいの不埒者(ふらちもの)は追い払うことができる。だから今回も――と思ったが、今度の輩(やから)は鈍感なうえに鉄面皮らしい。リコが睨んでいるにもかかわらず、彼はさも親しげに隣に腰掛けようとしてきた。
「暇ならちょっと話さない? 外装、可愛いね。もしかしてリアルも――」
「生憎(あいにく)だけど」
 リコは立ち上がった。
「あんたみたいなペドフェリアの変質者の汗くさい社会不適応者でネットの匿名性に頼らないとなにも言えないような電網依存症の不自由な人と話したいなんてこれっぽっちも思わないことにまったく全然気づかない神経について教えて欲しいけど遠慮するわ。PVの虚構性に浸りまくれることで気分が高揚してるみたいだけどこっちは毎日毎日勉強勉強で溜まりまくったストレスを解消するために何も考えずにいられた小さい頃の外装をなんとなく使ってみただけなんだからあんたみたいな現実の自分を真っ向から否定しまくる宝塚なマネキンライクの外装を使う気分と一緒にされたら困るのよ。わかった?」
 彼女はクルリと背を向け、スタスタと立ち去った。
 周囲に点在するプレイヤーたちは呆気にとられながらそんな彼女を眺め続ける。
 理由はふたつ。言葉の弾丸と、その自然すぎる立ち振る舞い。
 生身と大きく異なる外装を使用すると、どうしても無意識的な動作が不自然になってしまう。
 たとえば脚の長さを変えたとしよう。
 これにより人体の重心は上にあがることになる。当然、起立時の安定性が失われる。ゆえに腰の高さを調整した外装では、普段と異なる重心移動が起きるため、バランスを補正するべく、無意識的に上半身をいつもより余計に左右へと揺らすようになる。つまり、不自然な歩き方になってしまうのだ。
 そうでもなくとも、昨今は理想的な歩き方を学校で学べない。昔であれば体育の時間の行進などを通じ、“重心を安定させ背筋を伸ばすという腰骨への負担を最小限に抑えた歩行動作”を教わっていたのだが、ある時期に「軍隊的だ」という理由で教育要綱から外されてしまった。おかげで、昨今は大人ですら、正しい歩き方を知らない。
 だからこそ、彼女は目立った。
 そのうえ、外装がこのうえなく可愛らしい。
 外見年齢は十歳前後。遠目にはもう少し高いようにも見えるが、昨今の小学生の発育の良さと躰の細さを考えれば別段驚くほどでもない。ほっそりとした少年的ともいえる躰を包み込むのは白いロングのワンピースと、ひとつひとつのリングが非常に小さい、袖無し膝丈のゴールデンリングメイル――チュートリアル中に手にいれた第一階層のレアアイテム――だ。これを太めの革ベルトで腰を絞り、肘まで覆う焦茶色の革製アームガードを付けたうえで、豊かで瑞々しい、波うちだった黄金色の髪を後ろになびかせている。それが今のスタイルだった。
 肌は褐色の色白、つぶらな瞳は焦茶色、顔立ちは少々日本人離れしているものの、化粧をしていないのでそれほど彫りが深いようには見えない。
 香坂利恵子(こうさか・りえこ)、十七歳――東欧系アメリカ人の父と秋田県生まれの母との間に生まれた日欧ハーフの高校三年生。それが彼女の正体だ。ちなみに今現在使用している外装は、彼女が十歳の時、ファッションデザイナーの母が子供服のデザイン用に計測した、当時の自分のデータを微調整したものである。
(あぁ、もう!)
 数メートル歩いたところで、再び利恵子――もとい“RICO(リコ)”は腰を下ろした。
(PVだからって!)
 彼女はPVに“未来”を感じていた。医療分野だけではない。PVは人類の知的活動全般を激変させる可能性を秘めている。そう思うからこそ、彼女は一も二もなく貯金をはたいてPVを購入、両親を説得し、こうしてゲームに参加してみた。
 その結果が、これだ。
(これだからゲーマーは!)
 虚構性と仮面性が持つ危険な部分が今や白日のもとにさらされている。
 欲望の解放。社会性の放棄。PVは必ずしも夢の技術では無い。
 リコにしても、あの輪の中に加わってみたいと思う部分がある。性への興味もある。もし突如としてこういう状況に陥らず、顔馴染み程度になった相手が誘ってきたとしたら、虚構にすぎないと自らに言い訳して、誘いに乗っていたかもしれない。
(――そんなこと!)
 いくら躰が虚構であろうと自分は自分だ。
 お高くとまっていると笑いたければ笑えばいい。
 どんな姿に変貌しようと、自分が自分であることをやめるつもりなど毛頭無い。
「えっ、もしかしてM女に?」
「はい。T高っていったら、Y坂の上ですよね」
 目の前で一組の男女が顔をうつむかせながら雑談に華をさかせていた。
 右にいるのは平凡そうなコレという特徴のない魔術師の男性外装。
 左にいるのは地味としか言いようのない大人しい感じの女性外装。
 二人の間には五、六十センチほどの距離があった。今は運動場を見ないよう、顔をうつむかせながら、互いの方に軽く顔を向け、照れくさそうに会話を続けている。
(……へぇ)
 見るからに二人ともリアルの姿をそのまま外装に使用しているプレイヤーだ。どちらも二十代半ば。異常美形の十代後半ばかりという今のコロシアムでは、ある意味において異質な二人である。そのうえ、二人ともどことなくぎこちない。異性との会話に馴れていないのだろう。そのわりに会話が弾んでいる。どうやら同年代の同郷出身者同士らしい。男性は故郷に残り、女性は大学進学時に故郷を離れた――というところのようだ。
 いずれにせよ。
(シュールね……)
 運動場では十代後半の異常美形外装たちが欲望のままに乱交騒ぎを続けている。
 だが目の前では二十代半ばの平凡そうな男女が、まるでウブな高校生の初デートのようなぎこちなさでボソボソと語り合っている。
 これをシュールといわず、なにをシュールというのか。
(……あれ?)
 リコは目を細めた。
 運動場の雰囲気が変わり始めている。新参者たちはこれまでと同様、淡い光を放ちながらスーッと具現化し、戸惑いと驚きの反応を見せているのだが、その数が急に増えだしたのだ。
 今や運動場の各地で転移の輝きが次から次と起こっている。それに気づいた馬鹿者たちも、事の異常さに気が付き始めたらしい。一人、また一人と乱交の輪から離れ、壁際へと引き下がっている。中にはそのまま、観客席の登ってくる者もいるようだ。もっとも、コロシアムは野球場並みの大きさがある。プレイヤーが万単位にならない限り、満席になることはない。
 不意に悲鳴が響いた。
 ストーンサークルの近くだ。見るとそこでは、数名が武器を手に戦いを始めている。
 喧嘩でも始めたのだろう。驚くほどのことではない。
 さらなる怒声が轟いた。
 今度は運動場の一角だ。今だ装備を身につけていない全裸の面々が殴り合いを始めている。
 コロシアム全体の空気が張りつめ始めた。
 泣き声が響く。
 大声で轟く。
 怒鳴り合う者たちが増える………………
「えっ――!?」
 驚きながらリコが立ち上がった、まさにその時だった。





感情の渦が爆発した





 決定的なキッカケがあったわけでも、これという理由があったわけでもない。
 突如として泣き出す者が現れた。
 絶叫をあげる者も現れる。
 メチャクチャに武器を振り回す者まで現れ出す。
 マスメディアが騒ぎ立てるPVの危険性やネガティヴな印象操作、PVの虚構性と匿名性がもたらす心理的抑制力の低下――この二つにチュートリアルでリアルなクリーチャーを“殺した”という経験が重なり、集団ヒステリーが起きた。冷静に考えれば、それだけの話だった。
 しかしこの手の分析は“あとになって考えれば”という類(たぐい)のものにすぎない。
 リコには何が起きたか理解できなかった。
 例の男女も立ち上がり、オロオロと周囲を眺めている。
(――このままだと!)
 リコは咄嗟に声を張り上げた。
「冷静な人! 集まって! 武器はダメ! 盾だけ出して、盾だけ!」
 彼女は素早くウィンドウを開き、円形のラウンドシールドを具現化させた。
 実を言えば咄嗟に口から出た言葉ではない。もし異性の取り合いから運動場で騒動が起きたら――そんな状況を考えて続けていたのだ。それだけの話だ。考える時間だけはイヤにあるほどあったのだから。


 ゴブリンの大量出現で混乱に拍車がかかったのは、それから間もなくのことだった。

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