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[20]


 世界が割れ、コロシアムに出現した彼の眼前には予想外の光景が広がっていた。
 百人近い全裸の美男美女たちによる乱交の数々。
 “ZIN(ジン)”の目が点になる。
 免疫が無いわけではない。彼も今年で二十二歳、二浪したので今だ大学生だが、この手のものを見たことぐらいある。しかし百人近くの超絶美形がくんずほぐれず、ヌチョヌチョネロネロ、からみあったりぶつかりあったり、刺したり刺されたり、舐めたり舐められたり、一対一だったり多対多だったり――そんな圧倒的な淫猥絵図が突如として目の前に出現したのだ。思考が停止するのも当然である。
 彼はヨロリ、ヨロリと退いていった。
 だが、その先にも肉の塊があった。
「うわっ!」
 改めて肉欲地獄のまっただ中にいることを理解する。
 今度は恐怖で頭の中が真っ白になった。
 悪夢だ。
 誰も彼もが映画やTVに出てきそうな美形ばかりというところなど、悪夢としか思えない。
 彼の容姿は平々凡々だ。眉の太さはほどほど、目の大きさもほどほど、目尻は垂れもせず上がりもせず、鼻は低からず高からず、口も小さからず大きからず、頬や顎も丸いかと言えばそうとも言えず、鋭角的かといえばそうとも言えない。特徴らしい特徴が無い容貌。ゆえに彼の顔は記憶に残りづらいもの。例えて言うなら生まれながらの“通行人A”というべき容貌の持ち主。それが彼だった。
 正直、自分でもうんざりするほどの平凡さである。だから当初、『WIZARD LABYRINTH』では全くの別人になろうとPMC(パーソナルモデルチェンジャー)をいじり続けた。しかし、試せど試せど納得できるものができず、結果的に実像をそのまま利用することにした――という小心者でもある。
 だからこそ、視界の片隅に壁を見出した瞬間、
(あそこに――!!)
 彼は全速で走りだしていた。
 道を遮る集団を迂回、邪魔なカップルは飛び越え、必死になって壁際へと逃れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 壁にぶつかりつつ立ち止まった時には、もうこれ以上ないほど心臓がバクバクいっていた。
「なんなんだよ、これ……」
 いつから『WIZARD LABYRINTH』はアダルトソフトになったのか。
 それとも実はパチモンを掴まされたのか。
 『SEXCIAL LABYRINTH』とかいう偽物を?
 そうとしか思えない。
 そうとしか――
(――んっ?)
 すぐそばに誰かいる。
 半ば反射的に顔をあげ、右手の方を顔を向けると――ローブ姿の女性が立っていた。
「うわっ!」「キャッ!」
 驚いた拍子にジンは尻餅をついた。女性も両手で口を押さえ、驚いている。ダブついたローブを着ているせいでよくわからないが、ポッチャリ系の目の細い、穏やかそうな女性だ。肩口まで伸びる癖の無い黒髪は地味すぎる気もするが、これはこれでなかなか良いように思える。ジン的にはかなりOKだ。
「なんだ、普通のNPCもいるんだ……」
 ジンは安心したとばかりに、溜息まじりの言葉をつぶやいた。
「あの……」
 彼女が声をかけてくる。
「……わたし、プレイヤーなんです」
 しばらくジンは動かなかった。
「えっ?」
「わたしだけじゃないんです。全員が……」
 彼女は周囲に首を巡らせた。つられてジンも周囲を眺めた。
 ようやくジンは、ここが古代ローマの闘技場らしき場所、もともといたコロシアムと同じなのだと気が付いた。
 それだけではない。
 土が敷き詰められた運動場中で数百の男女がセックスに没頭、これをすり鉢状の観客席に座る面々が冷やかすように眺めていたり、無視して雑談に興じていたり――そんなあまりにも異様なシチュエーションに叩き込まれたことに、ようやく彼は気が付いたのである。
「MMO版が間違って適用されてるらしくて……」
 彼女がポツリとつぶやいた。
「……えっ?」
「いえ、わたしも詳しいことは……教えてくれた人も…………」
 彼女は頬を赤らめながら運動場の一角に視線を向けた。視線の先では正常位で女性を犯す少年の尻に屈強な青年が腰を叩きつけている。
「あーっ、えーっと…………」
 コメントに困った。だが、事情は理解できた。
 運用開始直後のオンラインゲームといえば、騒動のひとつやふたつ、起きて当たり前だ。しかもMMO版の開発は、クローズドβ版まで進んでいるとアナウンスされている。それを考えれば起こりえない出来事ではない。いくら荒唐無稽だろうと、これは現実ではないのだ。何もかもが嘘っぱちという、コンピュータが作り上げた虚構の世界に……
「えっ? じゃあ――」
 ジンは彼女に視線を戻した。
 失礼とは思うが――彼女の容姿はどちからといえば平凡で地味なものだ。町中を歩いていてもおかしくないレベルの“普通の容姿”といってもいい。
「――もしかしてそっちも外装変えずに?」
「あっ――」
 彼女は口を押さえつつ、マジマジとジンを見返してきた。
 おそらく彼女も、自分のことを平々凡々な容姿だと思っているのだろう。さもありなん。回りは美形ばかり。この平凡さは逆の意味で目立っている。
「わたしだけだとばかり……」
 彼女は切れ切れのか細い声で告げてきた。
「いや、僕の方も。なんか美形っていうか、そういう連中ばっかで――」
 ふとジンの視界に観客席に通じる階段が飛び込んできた。
「上で話さない? ここにいるのも……さ」
 彼は階段を指さした。
 あわてて彼女が振り返り、「あっ」と小さくつぶやく。
「……気づいてなかったとか?」
「その……」
 彼女は耳まで真っ赤になりながら顔をうつむかせた。
「頭の中……真っ白で………………」
「いや、その……僕もあの中に出た瞬間、圧倒されたっていうか、なんていうか…………」
 ジンはポリポリと人差し指で額を軽くかいた。
「とにかく上に。えっと……」
「……“AKEMI(アケミ)”、です」
「じゃあ、アケミさん、とにかく上に。あっ、“ZIN(ジン)”っていいます。見ての通りの魔術師で――あっ、アケミさんも魔術師?」
「はい、見ての通りです」
 二人は少し照れくさそうに距離を置きながら、階段に向かい、観客席に登っていった。





二人の向かう先に、童女の姿があった





Deadly Labyrinth : The Automatic Heart





Chapter II " Politics "






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