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[19]
なかなか狩りから戻らない二人――正確にはリーナ――を心配したランスロットが泉部屋の外で待っていたところ、世にも恐ろしい悲鳴と絶叫が聞こえてきた。そこで攻略隊総出で二人を捜しに出たという次第なのだが……
「面倒なことになったな」
事情を聞いたレイスはクロウとリーナを四×四ブロック部屋に押し込むことにした。
「おまえたちはしばらく待機だ――バッシュ! キリー! 全員を集めろ!」
ドアが締まった。
広いとはいえ何もない密室に取り残されたクロウとリーナは呆然とドアを眺めた。
互いの距離はわずか三十センチ。
「……リィ、なんか食い物あるか?」
「……ううん」
「そ、そうか……」
「………………」
気まずい。とにもかくにも、気まずい――
◆
「全員集まったな」
一ブロック部屋を挟んだ通路では、クロウとリーナを覗く攻略隊二十六名が集結していた。
「状況を説明しておく。クロウとリーナはプレイヤー集団に襲われた。人数は不明だが、我々と同数か、それ以上の数で集団行動をしているらしい。また、警告無しで二人に対し、魔法を打ち込んできた。だが、クリーチャーだと誤解した可能性もある。いや、その可能性が高い」
クロウとリーナはクリーチャーと同様、“ノクトビジョン”スキルで灯りいらずだ。そのうえ、攻撃が命中しない限り名前とHPは頭上に表示されない。
「クロウの話では集団の三分の二以上が魔術師だったらしい。いわば敵を見つけたら圧倒的な魔法という火力で接敵する前に殲滅する作戦を選んでいるようだ。よくもまぁ、こんな短期間にそんな作戦行動ができる集団を作れたものだと呆れるしか無いが――いずれにせよ、先手必勝という連中の作戦と、“ノクトビジョン”を使う二人が出会ってしまったことは不幸としか言いようがない」
「隊長」ランスロットが手をあげる。「じゃあ、さっきの悲鳴って……」
「自治会の連中だ」
レイスは一同をグルリと眺めた。
「先に断っておく。この迷宮で死亡したからといって、肉体的に死ぬとは言い切れない」
皆がざわめいた。
「無論、可能性の問題だ」
レイスは目を閉ざした。
「確証が無いため今まで黙っていたが――思い出して欲しい。あの“声”は我々を殺せる手段として心不全を例にあげていた。それは同時に、脳神経を焼き切るという、この手のフィクションでありがちな手段が使えないことを明かしたともいえる。それが可能であるなら、そのことだけを告げれば終わりだろ。それをせず、心不全に触れなければならなかった理由は何か。やはり神経を焼き切ることは、“声”の主にも不可能だからではないのか。私はそう考えている」
「それが……?」
皆を代表するようにランスロットが不思議そうに尋ねた。
「仮に」
レイスが目を開く。
「仮に、健康に害のある信号を送り込まれたとしても……これもまた可能性の問題だが、我々の現実の躰はVRN社の息が掛かった病院で看護を受けている可能性が高い。そうでなくとも、病院に押し込められているのは確実だ。様態が急変しても、それに対応する体制が整っている場所に、我々の肉体があると見ていいだろう」
そこでレイスは口を閉ざし、一拍の間を置いた。
「よって、私はこう考えている――この世界で死んでも、実際には死なない」
しばらく皆は困惑したように違いの顔を見合わせた。
だが、マコがハッとなる。
「まさかここで死ねば、元に戻れるかも!?」
皆がざわめいた。
「確証は無い。本当に死ぬ可能性も捨てきれない」
ざわめきが続く。
「静かに! まだ話は終わってないぞ!」
バッシュが声を張り上げた。レイスは彼にうなずき、さらに語り続けた。
「どちらが真実か、確かめる手段はなにもない。私は死なない可能性が高いと思っているが、死ぬ可能性がある以上、自殺という手段で帰還を試みるのは最後の最後だと考えている。だが……いっそ自殺した方が楽ではないかと考える者がでてくる可能性があった。私の推測が間違っていた場合、私がその者を殺したことになる。それだけは避けたかった。だから今日まで、この考えは語らずにいた」
皆は静かにレイスを見つめていた。
確かに最初のうちにこの話を聞いていれば、自分は自殺しようとしたかもしれない――そう思う者が多かったのだ。
「そのうえで聞いてくれ。クロウとリーナは自治会の大規模な探索組と戦った。リーナは最初の猛攻で負傷、動きをとめられたが、クロウは動けた。だからやつは戦った」
「まさか……」
ランスロットがつぶやく。
「そうだ。クロウは自治会の連中を倒した。何人倒したか、本人はわからないらしい。ただ、妙な現象が起きている。PK(プレイヤー殺害者)の名前が赤く表示されることは皆も知っての通りだが、今、クロウの名前は黒く表示されている。また、名前の前に髑髏(どくろ)マークが付いている。何人倒せばそうなるかわからないが、かなりの人数であることは間違いない」
通路はシンと静まりかえった。
「もっとも……」
レイスは例の嘲るような苦笑を漏らした。
「クロウはリーナの悲鳴を聞いたあと、頭の中が真っ白というか、真っ赤になったそうだ。あいつらしいじゃないか。それでいて、襲われるまでの三時間、ずっと二人っきりだったのに手すら握っていなかったというのだからな。お子様はこれだから困る」
ところどころで抑えた笑いが起こった。
「とりあえず皆もわかっただろう。リーナに手を出したい者は、クロウに首を跳ねられる覚悟を固めるように。わかったな、ランスロット」
「な、なんで俺なんすか!」
今度はドッと皆が笑った。
「冗談はこれくらいにしよう」
レイスが真顔になる。再び皆も声を抑えた。
「これから話すことはアレには秘密にしてくれ――クロウは最近まで喘息で苦しんでいた。だからこそ、運動を禁じられていたクロウは、小さい頃からGAF(ギャフ)……『GAN ARM FROMTIER』というFVゲームにのめり込んでいた。今のあれの異常な強さ、不器用さは、こうしたことと無関係ではない」
初耳ながら、皆は妙に納得したものを感じた。
「あれはあれなりに前向きに生きている」
レイスは珍しいことに穏やかな笑みを浮かべた。
「十五歳にしては大したものだ。十五歳の自分がここにいたら……そう思うと、あれの健気さと必死さは、愛おしいとさえ思える」
初めて見るレイスの――桐島弥生の生の表情だ。
だが次の瞬間には普段の冷酷に見える顔に戻っている。
外装のせいだけではないだろう。もともとそういう人間なのではないか。誰もがそう漠然と感じた。
「私が言いたいのは、クロウを恐れる必要も遠ざける必要も無いということだ」
レイスは断言した。
「今回の偶発的な出来事で、我々と自治会の関係は微妙になった。これが悪化するにしろ、改善されるにしろ、クロウを引き合いにだした揺さぶりなり、罵詈雑言なり、様々な声が聞こえてくるはずだ。しかし、それに惑わされないでくれ。クロウは殺人鬼でもなければ怪物でも鬼でもない。我々の仲間だ。いいな、クロウは我々の仲間だ」
◆
ドアがせり上がった瞬間、二人は思わず中腰になった。
「二人とも、拠点に戻るぞ」
隙間の向こうからバッシュの声が聞こえる。
二人はホッと胸をなで下ろし――互いの姿勢に気づき、ギクッと固まってしまった。
カーズは左腕を伸ばし、リーナを庇う体勢に入っていた。
リーナは無意識のうちに、その腕に抱きついていた。
「それとももう少しここに籠もるか?」
まだ開ききっていないドアの向こうからバッシュの冷やかすような声が響いてくる。
二人は立ち上がりつつバッと離れ、何かを言おうと口を開いた。
だが、言葉が出てこない。
ドアが開ききっても、お互いに顔を背けたまま、立ちつくすことしかできない。
「……まぁ、あれだな」
バッシュが苦笑を漏らした。
「こっちの攻略も時間がかかりそうだぞ」
背後でドッと笑いが起きた。
“あの日”から二十日目――迷宮攻略(ダンジョンアタック)は始まったばかりだった。
Chapter I " Dungeon Attack "
End
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