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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[16]


「ぬるいな……」
 クロウはガリガリと右手で頭をかいた。一方――
「どこがよぉ」
 薙刀を持つリーナはヘナヘナとへたり込んでいる。
 泉部屋から少し離れた四×四ブロック部屋の中、つい先ほどまで十八体のウッドゴーレムがひしめきあっていた場所だというのに、そこに残るのはクロウとリーナだけとなっていた。もちろん、二人が撃退したためだが、正確にはクロウが十四体、リーナが四体倒したからこそというべきだろう。
「いや……ぬるかったろ?」
 クロウはさも当然とばかりにリーナに言い返した。
「熱々だったじゃない!」
 本当に洒落になっていなかった。二人は通路から一ブロック部屋をひとつ越え、この部屋へと入ってきたのだが、そこに現れたウッドゴーレム十八体。二パーティで構成される探索組の時ならまだしも、二人だけで戦うにはあまりにも多勢すぎる数だ。少なくとも通路を歩いている時は「六体以上だったら逃げよう」と話し合っていたのだから、リーナにしてみれば逃げて当然の場面である。
 だが、タイミングが最悪だった。
 ドアが開き始めた時、ウッドゴーレムはドアの前にいたのである。
 半ばまでせり上がったところで鐘突きと皆が呼んでいる頭突き攻撃を超低空でかましてきた。ほとんどヘッドスライディングだ。不意打ちに驚いた二人は応戦するしかなく、必至に戦ううちに四×四ブロックの部屋へと飛び出てしまった。
「倒せたからいいものの……」
「いや、もう大丈夫」
「なにが大丈夫よ!」
「だから……ウッドゴーレムが相手なら」
 クロウはガリガリと頭をかきつつリーナのもとに歩み寄っていった。
 リーナにしてみれば反論ができない。
 最初は二人とも防戦一方だった。
 だが、戦場が四×四ブロック部屋に移ってしばらくたつと、急にクロウが攻勢に転じていった。
 一気呵成(いっきかせい)。
 放つ攻撃、全てクリティカルヒット。
 すり抜けざま、ウッドゴーレムの腰の継ぎ目に驚くべき正確さでカタナの刃を滑り込ませていく黒い疾風。
 その光景は、圧巻の一言だった。
「……どうやったわけ?」
 で手を差し出される前に立ち上がったリーナはうらめしそうにクロウに尋ねた。
「いや……どうって……」
 どう説明すれば良いのやら。クロウは左手をカタナの柄に、右手を頭に置いたまま、しばらく足下を見つめ、考え込んだ。
「軽さ……かな?」
「はぁ?」
「カタナってブロードソードに比べたら軽いだろ。だから防御してる時、ズラしとかが簡単にできるなぁって思って。いや、前々からなんとなく……そんなところ」
「そんなところって――」
 たとえそうであっても、ウッドゴーレムの動きは変幻自在なうえにかなり速い。
 それなのにこの男は武器の扱いやすさだけで激変の理由を語ってきた。
 速さも何もかもすっとばして。
 リーナですら空振りすることが多いというのに。
 攻略隊で二番目、クロウの次に強いと自負している自分とは次元が違うと言わんばかりに――
「あんた、動体視力とか凄いんじゃないの!?」
 ついリーナは前々から感じていた疑問を直球で投げつけてしまった。一瞬だけハッとなるが、言ってしまった手前、引くわけにもいかない。どうにも悔しいというか、なんというか、モヤモヤとしたものもなかなか消えてくれない。それが彼女を後押ししていた。
「なんだよ、急に……」
「それ以外に思いつかないからよ!」
 リーナは押しの一手にうって出た。
「それにボディバランスだって洒落になってないじゃない! 目とバランスっていったら、下手な筋力より重要な要素でしょ!? だから聞いてんのよ、なんかやってたでしょって! それも、けっこうレベル高いところで!」
「純粋培養のゲーヲタだって」
「ジークンドーと新体操!」
「……はぁ?」
「あたしがやってたスポーツ! アクションスター目指してたの!」
「………………」
「はい、次はあんたの番! なにやってたわけ!?」
「喘息持ち」
「……誰が?」
「俺」
 クロウは自分を指差しながら答えた。
 リーナは何か言おうとするが、言葉がなかなか出てこず、彼を見返すことしかできない。
「目は……認める」
 クロウは頬をぶたれた時のような妙な表情を浮かべながら横を向いてしまった。
「キッカケは忘れたけど、通ってた大学病院で検査受けた時、動体視力と空間認識でお墨付き貰ったよ。でもバランスは《システム》のせいだろ。まぁ……運動は喘息がだいたい治った中一の夏までお手上げ。だからずっと、GAFやってるか、モデルショップでGAFのパーツ造ってるか……そんな感じ」
「……ごめん」
「なに――」
 謝ってんだ?――と横を向くと、リーナは項垂れつつ、顔を背けていた。
 クロウは続く言葉を飲み込んでしまう。
 いつものリーナではない。なにかとても弱々しく、儚げで、このまま見えない壁の向こうに沈んでしまいそうな……
「ごめん、ちょっと待って」
 不意にリーナは薙刀をクロウに投げ渡し、くるりと背を向け、両手で顔を覆った。
 クロウには何十分にも思える数秒が経過する。
「――よしっ!」
 彼女はパンと自らの両頬を力強くはたいた。
 そして、そのまましゃがみこむ。
「お、おい……」
「つ、強くやりすぎちゃった」
 リーナはしゃがみこんだまま、肩越しに振り返ってきた。両頬にしっかりと赤くなった手形がついている。目元が潤んでいるのは、その痛みのせいなのか、それとも――
「馬鹿だろ、おまえ」
 クロウはそうだと思いこむことにした。
「なによ、馬鹿って言う方が本当の馬鹿だって言うじゃない」
 リーナは立ち上がり、クロウの手から薙刀を奪った。
「だいたいねぇ、六体以上いたら逃げるって打ち合わせ、どうなったわけ?」
「不可抗力だろ、不可抗力」
「不可抗力なら何やっても許されるわけ?」
「許されるもなにも、回避できないから不可抗力って言うんだろ」
 二人は口論を始めながら通路に通じるドアへと歩き始めた。
 先ほどまでのシリアスな空気は完全に払拭されている。助かったというべきか、なんというべきか――
「そういえばさ」
「んっ?」
「なんか久しぶりじゃない、こうして二人で迷宮歩くの」
「………………」
 考えてみれば“あの日”以降、二人だけで狩りに出たことさえ一度も無かった。そのうえ探索組では二パーティ十二名での行動が義務づけられている。つまり、プレイタイムでは二十日ぶり、体感時間では十三日ぶりに二人っきりで迷宮を歩いていることになる。
 なにやら気恥ずかしさを感じずにいられない。
「……そんな昔のことは忘れた」
 クロウは茶化すように軽口を叩いた。
「若年性健忘症?」
「ばあさんや、飯はまだかい」
「じいさんや、さっき食べたじゃありませんか」
 馬鹿話に興じられる“今”が、とても楽しく、代え難いものに思える――二人は漠然とそう感じながら、ドアを抜けて通路に通じる一ブロック部屋に踏み入ろうとした。

 通路側のドアが音をたててせり上がったのは、その時のことである。

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