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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[17]


 クロウとリーナは四×四ブロック部屋の中央まで駆け下がった。通常であれば愚策も愚策だが、二人は縦横無尽に動き回れる空間があってこそ真価が発揮される軽戦士である。逆に狭い場所では逃げ場を失い、危険にさらされやすい。
「六体以上も不可抗力」
 クロウはカタナを鞘に収め、“イアイヌキ”の発動姿勢をとった。
「わかってるわよ」
 リーナは薙刀を振るい、槍を突き出すように腰溜めに構えた。
 先ほどは遅れをとったが、リーナも決して弱いわけではない。それどころかアクションスターを目指していたというだけあって、殺陣を思わせる動きはなかなかのものだ。
 ただ。
「んっ?」「あれって……」
 二人は開いていくドアの向こう側が普通でないことに気が付いた。
 なんということはない。灯りが見えたのだ。
 しかし、クリーチャーは二人同様、“ノクトビジョン”をセットしているのと同様の状態で迷宮を徘徊している。つまり、ドアを開けた本人が移動中のウッドゴーレムであれば、松明にしろ魔法の明かりにしろ、照明を灯す必要性が無いのだ。
(……ブライトボールの明かり?)
 松明の灯りは赤っぽいが、魔法の灯りはどこか白っぽい。
 クロウは疑念を抱きつつ、それでも攻撃態勢を解こうとしなかった。
 それが幸いした。
――ピッ
 ロックオンの音。同時にグォンと二人の周囲に緑色のワイヤーフレームがドーム状に展開した。
「魔法!?」「リィ、左に!」
 二人は左右に飛び退いた。直後、ドームそのものが赤く爆発する。
 炎系範囲攻撃魔法――フレイム=エクスプロージョンだ。
「左右に逃げた! 敵は二体! 総員、撃て!」
 クロウはギョッとした。
 人間の声だ。プレイヤーだ。攻略隊ではない。誰だ。そうだ。自治会の――
「待て、俺たちは――!!」
 叫ぶより先に視界いっぱいに照準が浮かび上がった。
 単体魔法攻撃だ。
 数は全部で二十八。おそらくフレイムショット。一度に何発もの炎弾を放つ魔法。数はレベルに比例。威力は固定。だが多すぎる。一人じゃない。何人もいる。
(――くそっ!)
 クロウは駆けだした。
 前傾姿勢でグンッと前に飛び出す。
 フレイム=エクスプロージョンの爆煙が視界を遮る。だが照準は見える。システム情報だから。
(――リィは!?)
 走りながら左手を見る。リーナの文字。HPバーは緑。無事だ。よしっ。
「フレイムショット!」「ショット!」「フレイムアロー!」「フレイムショット!」
 無数の声がドアのそばから聞こえてきた。
 撃たれた。
 間に合うか。
 いや、無理だ。
 クロウは歯を食いしばり、おもいっきり頭から前に滑り込んだ。
 頭上を無数の炎弾が飛んでいく。若干の誘導性があったため、幾つかは軌道を下に逸らしたが、打ち砕いたのは床石のみ。ヘッドスライディングをかましたクロウは、無茶を承知で躰を丸め、ゴロゴロと数度転がってから、タイミングをあわせ、受け身の要領で床に腕を叩きつけ、躰を立ち上げようとした。
「キャァアアアアアアアアアアアアア!」
 左後方からリーナの声が悲鳴が響く。
 冷水をあびたように寒気がした。
 同時に腹の底からマグマが吹き出してくる。
 なにをした。
 リィに、なにをした。
――ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
 照準が五つ。
 クロウは猛然とドアの方角に駆けだす。
 両腕を眼前で交差。
 射出の声。
 無視。
 猛烈な衝撃と熱。躰が焼けるおぞましい感覚。だが歯をくいしばる。耐える。
 思うように躰が動かない。
 まるで空気が粘度を増したかのようにねばりついてくる。
 踏み出しているはずの足がなかなか床石を踏まない。爆煙さえも粘性を増したかのようにゆっくりとしか動かない。激痛も消えない。なにもかもが邪魔をする。心を蝕む。それでも、クロウは止まらない。止めることができない。


 リーナからすれば、全ては一瞬の出来事――
「リィ、左に!」
 クロウの言葉に弾かれるようにしてリーナは左に飛び退いた。直後、寸前まで彼女とクロウがいた場所に爆発が起きた。
 魔法だ――と直感したが、なぜ魔法が打ち込まれたのかわからない。
 ここは第三階層。敵は今のところウッドゴーレムしかでていない。それ以前に、ここまで魔法を使うクリーチャーと遭遇していない。だからこそ彼女は混乱した。新種の可能性すら、リーナの頭の中から吹き飛んでいた。
「左右に逃げた! 敵は二体! 総員、撃て!」
「待て、俺たちは――!!」
 見知らぬ誰かの声とクロウの叫び。
(えっ――?)
 薙刀を手にしつつも、何処に刃を向ければよいのかわからない。
 爆煙が視界を遮っている。
 ドアを見ればある光景が見えたのだが、敵を見るという行為すら彼女は忘れている。
 なにかが起きた。
 いったい、どうして、どうすれば、あたしは――
――ピピピピピピピピピピピピピピピピッ
 それが連続的なロックオン警告だと気づいたのは、数え切れないほどの照準が出現したあとのことだ。
 圧倒された。
 頭の中が真っ白になった。
「フレイムショット!」「ショット!」「フレイムブリット!」「フレイムショット!」
 爆煙を、無数の照準を突き抜け、膨大な数の炎弾が迫る。
「キャァアアアアアアアアアアアアア!」
 リーナは薙刀を手放し、頭をかかえ、しゃがみこんでしまった。
 着弾。衝撃。猛烈な熱。激痛。
「イヤァアア! イヤァアア! イヤァアア!」
 丸まった彼女は、必至になって両足首を掴んだ。
 天井際に浮かんだHPバーがグンッと減っていく。
 だが彼女は、衝撃と猛火と激痛に苛まれながら、ただひたすら両足首を掴み続けた。
 車のクラクションの音が脳裏に響く。
 闇夜を切り裂くライトの輝き。全身を揺さぶる衝撃。泣き叫ぶ誰かの声。神経をえぐられたかのような激痛。背中の冷たさ。ガソリンの匂い。降り注ぐ雨。足下の車。アスファルトと車の隙間。じわじわとせり出してくる赤い肉汁とピンク色の挽肉。

To Be Contined

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