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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[15]


「よーし、配置は前と同じだ」
 レイスの言葉と共に拠点作りが始まった。さすがに二度目ともなると作業が早い。殺風景だった三×三ブロックの泉部屋は、あっと言う間に攻略隊の拠点へと変貌しつつあった。
「……ふむ」
 第三階層の泉部屋を見つけたのは今から二日前――“あの日”から十八日目――のことだ。第二階層泉部屋の拠点にようやく皆が馴れ始めたばかりだったが、落ち着いたかどうかという基準で立ち止まっていては話にならない。加えて第三階層のSHOPにはコロシアムにも無いパーティグッズ系らしきアイテムがいろいろと売っていた。部屋飾りや妙な仮面、クラッカーなどはどうでもいいが、バースディケーキや刺身の盛り合わせなど、宴席やパーティに似合いそうなフード系アイテムがあるというのは非常に重要だ。これでわざわざフード系アイテムを購入するべく買い出し組を派遣せずとも――
――ガガガガガッ
 不意に、今回はひとつしかない南側のドアがせり上がっていく音が響いた。
 振り返るまでもない。この時点で泉部屋を出ていこうとする人物など、攻略隊にはひとりしかいない。
「クロウ!」
 一瞬だけ室内が静かになった。
「狩りは明日からだ。今日は休日。そう決めただろ」
 レイスは振り返り、攻略隊の問題児に苦笑を投げかけた。
「……いいだろ、少しくらい」
 振り返ったクロウは不満げに顔をしかめていた。
 “あの日”からすでに二十日――クロウの武装は以前にも増して軽量性重視に変貌している。上着は躰にフィットしたノースリーブの“レザーシャツ+1/W”。少しゆとりのある黒いズボンは“マーシャルアーティストパンツ”という“グラップル”スキルにボーナスが着くマジックアイテム。レザーベルトは普通のもの。膝まで覆う焦茶色のブーツは“レッグガード+1”。腰には“カタナ”という日本刀を差し、両手には、指先が開いた“レザーグローブ”を付ける――というのが今のクロウの全装備だ。
 そのため、濃褐色の両腕を彩る真っ赤な炎の刺青が露わになっている。
 だが、刺青を誉めると不快そうに顔をしかめる。
 だったら隠せばいいのだが、何かと屁理屈をこねて上着を羽織ろうとしない。
 恐がりのくせに何かといえば戦いたがる。見せたがりのくせに見ると嫌がる。何かといえば面倒くさそうにするくせに、いざ仕事を始めると誰よりも熱心に作業に集中する。
(矛盾の塊だな、こいつは)
 レイスならずとも、そう思わずにいられないのが昨今のクロウだった。
 いずれにせよ。
「例外は認めん。今日は休め」
「移動中、戦ってなかったろ」
「だったら稽古に付き合ってやれ。うちの中でおまえが一番強いんだからな」
 クロウはムッとした表情になった。
 実は照れているのだが、どうにも素直に表せないのだ。ゲームが始まった直後は“自分しかいない”という気安さがあったし、リーナと出会ってしばらくのあいだは、イロイロな意味で舞い上がっていた。しかし、気安さも高揚も消え去った今は、元来の無愛想さばかりが目立つようになっている。
 もっとも、
「はーい、それじゃあ訓練に行ってきまーす!」
 拠点造りの作業の輪の中から声が響いた。かと思うと、振り返ろうとしたレイスの横を、声の主がピュンッと駆け抜けていく。
 リーナだ。
 装備はクロウと瓜二つ。違いは武器を腰に下げていないことと、丈の短い焦茶色の“レザージャケット”を羽織っていることだ。
「こらっ!」
「いってきまーす!」
 リーナはガッとクロウの腕を掴み、ドアの外へと飛び出していった。引っ張られていったクロウは目を白黒させている。そのまま二人が飛びだしていったドアは静かに下へと閉じていき、ドンッと重々しい音を響かせ、完全に閉じてしまう……
「……プッ」
 誰かが小さく吹き出した。
 それを合図に、部屋中が笑いに包まれていった。
「見たか、あのクロウの顔!」
「リーナちゃん、やるぅ!」
「あれだけクロウが鈍感だとなぁ」
「だよねぇ」
 笑い続ける一同を眺めた後、レイスは再び、閉ざされたドアに視線を向けた。
(困ったやつらだ……)
 とりあえず二人の特別待遇に思うところのあるメンバーはいないらしい。それが確認できただけでも、今回の命令違反は大目に見て――
「夕食抜きだな。ふむ」
 レイスはうなずき、皆のところに向かうのだった。


「ま、待てって! 最低でも飯抜きだろ、これって!」
 クロウはリーナの手を振り払いながら大声を張り上げていた。
「っとっとっと――そんなの覚悟のうちよ、覚悟のうち」
 即座にバランスを保ちつつ、リーナがクルッと振り返ってくる。
「だいたいあんた、欲求不満っていうか、戦いたいーって感じでイライラしてたじゃない。もう少しカタナの使い方、いろいろ試したいんでしょ? わかんないと思う?」
 彼女はそう告げつつ左肩をダブルタップ、アイテムウィンドウから“グレイブ+1”という薙刀を取り出し、軽くブンブンと振ってみせた。
「あたしもこれの実戦練習、もう少しやっておきたいし」
「……青龍刀は?」
「両手武器のスキルが出てくるまでしばらく封印。それにせっかく“グレイブ”のスキルロール、手に入れたしさ。いろいろ試したくなるのが人情ってもんじゃない」
「どこが人情だ」
「そこが人情よ」
「はいはい」
 肩をすくめつつも、クロウの顔には笑みが浮かんでいた。
「で、今のスキル構成は?」
「ちょっと待って。“グレイブ”セットするから」
「してないのかよ」
「してないのですよ」
 それから二人はスキルのセットを調節していった。
「ねぇ、クゥ。“マッピング”どうする? 微妙だからそっちで入れてくれると助かるんだけど」
 軽戦士系専用スキル“ノクトビジョン”は絶対に外せない。レベルに応じた範囲を灯りが無くともあるのと同様の状態で見通せるこのスキルは、セット時間に応じてレベルがあがっていくので最近は二人とも付けっぱなしのままにしているほどだ。
 問題は残りのスロット枠である。ここになにをいれるかで、生死が分かれることさえある。
 それだけに。
「“ライダーキック”外せよ。それなら入るだろ」
「あんた、“イアイヌキ”外せる?」
「あーっ、うーっ、微妙ぉ」
「じゃあさ――」
 二人は通路の壁に並んで座りながら、特に相談もせずリーナをリーダーとするパーティを組み、互いのウィンドウ――パーティを組むとお互いのウィンドウを目視できる――を覗きあい、指差し合い、アレコレと二人パーティ用スキル設定に組み替えていった。
 なお、スキルにもアイテム同様、細かな分類がある。
 ひとつはセットしているだけで効果を発揮するアビリティ系。代表格は“マッピング”。セット時間に応じて成長するため、付けっぱなしにしてある場合が多いスキルだ。
 ふたつ目はセットすることで特定の行動を《システム》がアシストするようになるアシスト系。武器の名前が付いているものがこれだ。
 そして最後は、セットすることで特殊行動が可能になるアクション系。ダメージを軽減する“パリング”などもそうだが、魔術師や聖職者の魔法はすべて、この系統に属している。また“ライダーキック”や“イアイヌキ”、“ハードチャージ”のように、攻撃時に発光のエフェクトが起こり、大ダメージを与える必殺技も、この系統に属している。
 なお、後ろのふたつは、スキル経験値という隠しパラメータが使用回数に応じて蓄積していき、これが一定量に達すると成長する――という仕様になっている。もちろん、便利なスキルほど成長しづらく、“マッピング”のようなレベルの意味がないスキルほど成長が早い、というのも仕様だ。
 いずれにせよ、ゲームとしてはスキルの意味がそれなりに考えられているため、探索にしろ狩りにしろ、拠点を離れる際には相応の調整が必要である。ゆえに二人が、スキル構成だけで一時間近くしゃべり続けた。第三者にどう見えようと、二人にとって、それは必要不可欠な作業にすぎない――


「――とはいっても、いいんですか、隊長」
 部屋決めも早々と終わった攻略隊の新拠点では、定位置であるレイスの部屋を訪問したバッシュが例の二人のことで相談を持ちかけていた。
「なに、あとで叱っておくさ。皆の前でな」
 レイスは畳の上にあぐらをかきながらズズズッと緑茶をすすり、一息ついた。
「うまい」
(この人も……)
 謎の多い人だ――と思わずにいられない。
 そもそも部屋が変だ。
 レイスは縦長三畳の空間に本物の畳を敷いていた。扉代わりの布も銭湯の暖簾(のれん)をそのまま引っ掛けているだけ。家具は座布団と卓袱台。出入り口から見て左側と奥にある自在棚の戸には、なぜか様々な鎧の兜だけを並べている。インテリアのつもりらしい。実に不気味なインテリアである。
「少なくともリーナのお陰でクロウは潰れずに済んでる」
 緑茶をすすりながらレイスはニヤリと笑った。
「ありがたいことじゃないか。こっちでアレコレとケアしなくて済むのだからな」
「……リーナは好きなんですかね、クロウのこと」
「どうかな」
「違うかもしれない……と?」
「演じているところもある。はずだ」
 レイスは緑茶をすすり、吐息をついた。
「自分で言うのも何だが、女というのは無意識で計算する。そういうものだ。まぁ、クロウは直感的に理解していると思うがな。あれは姉がいたせいで女性に免疫を持っている。大して幻想も抱いてはおらんだろう。おまけに姉が有能なもんだから、男尊女卑的な偏見も持っていない。そういう意味では、実に貴重な人材だ」
「じゃあ、クロウを友人として?」
「どうだかなぁ……アレには危うさがある。母性本能がくすぐられる程度の、な」
「危うさ……ですか」
「それでいて物理的――というのも変だが、この迷宮では最強といっていい力を持っている。もともと眼の方がとんでもなくいいからな。体格が良ければアスリートとして大成できるだろ。これからが楽しみだ」
「隊長、リーナの話は?」
「んっ?――あぁ、リーナか。そうだな」
 レイスは黙り込み、しばらく卓袱台の上に置いた湯飲みを見据えた。
「あの子もあの子で悩みを抱えている」
 それから再び黙り込んだ。バッシュは次の言葉を待ち続けた。
「同じだな」
 レイスは嘲笑に見える苦笑を浮かべた。
「あの子もアレと同じだ。アレは戦うことでいろんな悩みを解消しようとしている。そこまで割り切れないあの子は、クロウに恋をしている自分を演じることで悩みを解消しようとしている。もちろん、どちらも無意識的なものだろうが」
「演じるって……」
「恋というものはそういうものだろ」
 彼(彼女)は顔をあげた。
「究極的には相手が誰だろうと関係ない。自分の中に納得できるストーリーが作れるのであれば、いつでもどこでも人というものは“恋する自分”に酔ってしまう。バッシュ、おまえも恋に妙な幻想を抱いているくちか? 現実を見てみろ。先輩に片思いを抱く乙女とストーカーの違いはなんだ?」
「冷めすぎですよ、隊長」
「確かにぬるいな」
 そう告げながら、レイスはズズズッと緑茶をすすった。

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