[ INDEX ] > [ Deadly Labyrinth ] > [ #07 ]
<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>

Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[07]


「クゥ! 転移すればいいんだよね!?」
「だからクゥってなんだよ!」
 ほぼ同時に二人のつま先がストーンサークルに侵入。転移の是非を問うウィンドウが出現するが早いか、間髪いれず、右のオブジェ――“YES”――を二人はノックした。
 軽い浮遊感を覚えると共に、純白の光が視界を満たす。
 次の瞬間、二人は第一階層のストーンサークルからわずかに南側に離れた場所に出現した。
「うぉっと!」「うわっ!」
 バランスを崩し、倒れ込みそうになる。
 “転移場所はストーンサークルを中心とした三×三ブロック内”、“転移前後のベクトルは保存される”、“転移すると地面より少しだけ浮いた場所に出現する”――これらの法則を二人は知らなかったのだ。
 それでも体勢を整えようという意志を《システム》がアシストしようとした。
 だが。
――SYAAAAAA!
 奇声は轟いたのは、まさにその瞬間だった。
「!?」
 クロウはギョッとなった。すぐ目の前に、錆び付いたブロードソードを振り上げるゴブリンの姿があったのだ。
 反射的に両手で頭をガードしようとする。だが、それよりも早く白刃が振り下ろされた。
――ズシュッ
 ブロードソードが真上から首の左側、付け根のあたりに叩き込まれた。
 刃はレザーアーマーのオブジェを破り、皮膚のテクスチャを切り裂き、鎖骨のオブジェを砕いて、深々とクロウの体に食い込んでいった。
「!!!!!」
 クロウは声にならない悲鳴をあげた。
 激痛だった。
 視界が真っ白に染まりそうなほどの痛みだ。
 死(ゲームオーバー)の恐怖などというものは微塵も感じられない。そもそもゴブリンの攻撃を喰らったという事実さえ、彼の頭の中から吹き飛んでいた。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――
 麻酔無しで虫歯の治療を受けている以上に痛い。
 剥き出しの神経にヤスリをかけ、さらに塩をすり込んで指でかき混ぜるよりもさらに痛い。
 痛みだけが思考の全てを埋め尽くしている。
「ちょ、ちょっと!」
――GYAAAAAAAAA!
 自分がどんな姿勢で、なにをしているのかも把握できない。何かを叫んでいる気もするが、実際には叫ぶ余力すらないことにも気づいていない。本来ならショック死してもおかしくないほどの圧倒的な激痛は、クロウに硬直以上のことをさせようとしなかった。
「使え!」
 見ず知らずの第三者の声が響いた。直後、それまでの激痛が嘘だったかのようにスーッと消え去っていった。
 余韻といえるものは、右手で押さえた傷口の近辺に残る熱っぽさだけ。
「クゥ、大丈夫でしょ!? 治したんだから、大丈夫なんでしょ!?」
 そんな声と両肩を掴まれる感触とが、クロウの白濁した思考に火を灯した。
(――なんだ今のは!?)
 ようやく自分が地に膝をつき、背を丸め、額を石畳にすりつけながら、傷痕のあった左肩を爪をたてていることを理解する。
(なんなんだ!? 今のは、いったい――!?)
 思考が走り始めた。
(落ち着け! 落ち着いて考えろ!)
 攻撃をまともにくらったのはこれが初めてではない。だが、これほどまでの痛みを感じたのは始めてだ。コボルトに殴打された時も、ゴブリンに斬られた時も、グレイウルフに噛まれた時も、ここまでひどい痛みは感じなかった。ミノタウロスの攻撃をパリングした時でさえ、今にして思えば痛みというより衝撃を感じていただけに思える。つい先ほど、騎士姿のプレイヤーのハンマーをパリングした時だって――
(――あいつも!?)
 クロウの脳裏を、あの瞬間の光景がよぎった。
 腕を切断した瞬間、あの騎士は異様なまでに痛がっていた。
 今と同じような痛みを感じていたのか?
 ゲームなのに?
 今現在も賛否両論が叫ばれているメディアで?
 激痛を?
 ショック死しそうなほど強烈な痛みを?
「クゥ! クゥ! 大丈夫なんでしょ!? なんとか言いなさいよ!!」
「……なんとか」
 頭をバシッとはたかれた。
「冗談やってる場合じゃないでしょ!」
「痴話喧嘩(ちわげんか)やってる場合でもないぞ」
 第三の声がクロウの右手、二メートルと離れていないところから聞こえた。
 灰色のローブを身につけた浅黒い肌の青年だ。手にはねじ曲がった“いかにも”といった感じの杖、異様に痩せこけた頬、風になびくように後ろに流れる短い灰色の髪、そして薄気味悪い輝きを宿している黄金色(こがねいろ)の双眸(そうぼう)……
「痴話喧嘩の相手もいないくせに!」
 リーナは怒鳴りつけるが早いか、ポンとクロウの頭をもう一度叩き、振り向きざま、床に投げ置いたブロードソードを拾い上げていた。
「勇ましいことで」
 黄金眼(おうごんがん)の青年は嘲るように口元だけを緩ませると、すぐ真剣な表情に戻り、四つんばいになったままのクロウをジロリと睨みつけていた。
「立てるか?」
「……多分」
 わずかな目眩(めまい)を覚えつつ、クロウはどうにか立ち上がった。
「それより――なんなんだ、これ」
 クロウはぐるりと周囲を見回した。
 四方に伸びる通路という通路から膨大な数のゴブリンが押し寄せてきていた。百や二百ではきかないかもしれない。これと相対するのは百名近いプレイヤーたちだ。ザッと見た限りでは戦士系と魔術系は半分ずつ。戦士系を優先的に攻撃しているのは、ゲームデザイナーのバランス感覚によるものなのか、それとも別の意図があるのか……
「ちょっとクゥ! ボサッとしてないで手伝いなさいよ!」
 すでに乱戦の渦中に飛び込んでいたリーナが声を荒らげた。
「あぁ、わかってる!」
 クロウは痛みで放り出したブロードソードを探し出し、ヒョイッと拾い上げた。
「……“ケーロウ”でクゥ?」
 黄金眼の青年が尋ねた。
「クロウだ」
 上の立体文字を見ろ、と言わんばかりに頭上を指さした。だが黄金眼の青年は、あの嘲りにしか見えない笑みを浮かべる。
「なるほど。こっちはレイスだ。早速なんだが、あそこで囲まれてる赤毛の集団を頼む」
「命令かよ」
「要望だ。おまけに今の私は、MPが空だ」
「……ったく」
 剣を振ったクロウは、レイスと名乗る黄金眼の青年が指さした場所に向け、走り出した。
 何が起きているのか、サッパリ理解できない。だが、おめおめとゲームオーバーになるのも癪(しゃく)だ。
「ちょっとクゥ! どこ行くのよ!」
「リィ! こっち手伝え!」
「あぁぁぁ、もぉぉぉ!」

To Be Contined

<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>
[ INDEX ]

Copyright © 2003-2004 Bookshelf All Right Reserved.