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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[01]


「クロウ。スペルはK、L、A、W」
〈“クロウ”でよろしいですか?〉
 不意に彼の眼前に平面のウィンドウが出現した。そこには“CHARACTOR NAME : KLAW”という文字が表示され、下の方に“YES”、“NO”の文字を内包したボール状の立体オブジェが半分ほど浮かび上がっている。
 彼は恐る恐る、“YES”のオブジェを押し込んでみた。
――フォン
 軽やかな音が響き、ウィンドウが一瞬で消え去る。
〈登録完了しました〉
 ナビゲーターが告げた。
〈初めまして、クロウさん。改めて『WIZARD LABYRINTH』への来訪、歓迎致します〉
「どうも」
 クロウこと烏山浩太郎(からすやま・こうたろう)は、頭をガリガリとかきながら照れ笑いを浮かべていた。


 二〇W八年十二月二十五日、VR業界最大手のVRN社は、PV(Perfect Virtual-reality)技術――五感を疑似信号と置換する完璧な仮想現実技術――の開発に成功したと発表。同技術を医療・娯楽の分野で活用すると宣言した。
 翌年四月一日、VRN社は東京都お台場に急遽建造したアミューズメントパーク『ネバーランド』において、世界初のPVアトラクション『WIZARD GUNNER BATTLE-ROYAL』を公開。これは大評判となったが、同時にマスメディアからの一斉攻撃を呼び込むことにつながった。
――現実と虚構の壁を消し去る危険な機械。
――原子力、クローンに続く第三の科学倫理問題。
――悪用することで機械的な洗脳を可能とする悪魔の技術。
 TVや新聞では連日のようにPVの危険性が訴え続けられた。これを受け、日本では『VR規制法』の成立が叫ばれたものの、政局は別件で荒れに荒れており、法的手だてを整えられないまま、月日だけが流れることになった。
 こうして二〇W九年十二月二十五日、個人用PV端末初回生産分の予約受け付けが始まった。
 わずか三秒で完売した初回生産分の発送は、翌年四月一日から開始された。
 烏山(からすやま)家にPV端末が到着したのは、それから遅れること二日――二〇X〇年四月三日十二時のことだった。


 はやる気持ちを抑えつつ、烏山浩太郎(からすやま・こうたろう)は改めて全ての接続を確認してみた。
 モジュラージャックから伸びる光ケーブルは、二年前に姉から譲り受けたデスクトップパソコンにつながっている。各種ボードも取り替えたばかり。その中のひとつ、OSH規格の通信ボードから伸びる光ケーブルは、きれいに片付けられた浩太郎の部屋の中央、見るからに真新しいリクライニングチェアーへにつながっている。準備は万端。浩太郎は改めてリクライニングチェアーに視線を向けた。
 ただのリクライニングチェアーではない。
 スイッチを押し、平坦になるまで背もたれを倒しこむと、巨大なフードが躰全体を覆うようにおりてくるという巨大な入出力デバイス――VRN社が満を持して発売した個人用脳神経系同調型仮想現実体感装置『PV-SEAT PH10000』、通称“PVシート”というのが、このリクライニングチェアーの正体なのだ。
 表面素材は触り心地も良く、撥水性(はっすいせい)と通気性に優れた新素材が使われている。内包されたゲル状物質が躰(からだ)を優しく受け止めると共に、体温と気温に応じて適温を保ち続ける機能まで付随。寝疲れることも、風邪をひく心配も無い。それこそ超高級リクライニングチェアーとしても魅力的な商品だ。
(さてと……)
 浩太郎は寝間着代わりに使っているスェットの上下に着替え、恐る恐る、PVシートに座ってみた。
 座り心地は想像以上に良い。
 多少ブニョブニョしているが、それも数瞬のうちに慣れてしまった。
(よしっ……)
 両手を肘掛けに置き、先端のボタンをグッと押し込む。
――ウィィィィィ
 背もたれが倒れ、足場が上がり、フードが降りてきた。
 鼓動が高鳴った。
 興奮のあまり、ダイブできないのではないかという心配が脳裏をよぎった。
 だが、それは杞憂にすぎない。複雑系に基づく微細な制御を受けた電磁界は、身体に悪影響を及ばさないレベルで全身の生体電流と自動的に同調する。これにより、アンデルフィア=ローカル現象が発生、知覚系の入力はPVシートの疑似信号と置換され、逆に延髄の反射を含む運動系の出力がアンデルフィア=ローカル場のエナジーに置換、これにより脳活動そのものが沈静化していき――
「………………」
 利用者は睡眠状態に誘われていく。
 だが、それも一瞬の出来事。一度形成されたアンデルフィア=ローカル場は安定と同時に活性化。放っておけば、場が崩れ、利用者は覚醒してしまうが、ここにPVシートの電磁界が干渉、その際に発生する疑似信号が利用者の神経系で再構成され、現実のものとは異なる、もうひとつの神経系を形成する。
 こうして――
「…………………………」
 目を開くと、木目の天井が見えた。
(……えっ?)
 躰を起こす。
 そこは浩太郎の部屋ではなく、殺風景な木造の建物の中だった。
 広さは十二畳ほどだろう。木製のシングルベッド、小さな丸テーブルと背もたれのない椅子が三つ、厚手のカーテンに覆われた窓と、天井からぶら下がる淡い光りを放つ球状の証明器具。その程度の家具しかない部屋のベッドで、浩太郎は上体を起こしている。
「……あっ」
 ダイブに成功したのだ。
「ん〜っ……」
 浩太郎はガリガリと頭をかきながら足を床に降ろし、ベッドに腰掛ける姿勢をとった。
 あまりにも呆気無い。光の中を落下していく感覚とか、光景とか、印象とか――なにかあるものだとばかり思っていただけに、正直、拍子抜けだ。
 それでも。
「……あっ」
 ようやく浩太郎は自分の外見が変化していることに気が付いた。
 造形は変わっていない。背は高くもなく、低くも無い。肥っているわけでも、痩せているわけでもない。少しばかり華奢(きゃしゃ)だが、かといって女性的とも言えないし、筋肉質でもない。端的に言えば特徴の無い体形だ。ただ、顔立ちには少なからず女性的な印象が見受けられる。顎先がシャープで、鼻と口に比して目が少し大きいという程度だが、太めの眉さえ手を入れれば、充分、女性として通用しそうな顔立ちだ。
「へぇ……」
 浩太郎は改めて自分の両手を眺めてみた。
 リアルの浩太郎はどちらかといえば色白だが、今の彼の肌は東南アジア系を思わせる濃褐色になっていた。そればかりか、両手の甲から腕を伝い、肩に至るまで――さらに右のものは首を経て頬に至るまで――炎を燃した赤い刺青が施されている。
 それは造形こそ似通っているが、烏山浩太郎の躰ではなかった。
 彼が自ら微調整をかけた『外装(がいそう)』と呼ばれるPV用のキャラクターオブジェだ。
(思った以上にリアルだな……)
〈ようこそ、『WIZARD LABYRINTH』へ〉
「――んっ?」
 顔をあげると――部屋の中央に、何かが浮かび上がっていた。
 目を閉じた女性の顔、細長い八面体状の胴体、頭上に金色に輝く天使の輪を浮かび上がらせ、周囲に三つのボールを回転させたもの――前衛芸術的なオブジェとしか言いよう無い物体だ。
〈私はナビゲーターです。これから『WIZARD LABYRINTH』を始めるための初期設定を行います。よろしいですか?〉
 目を丸くしながら、彼はコクコクとうなずき返した。
〈それではまず、あなたのキャラクターネームを登録します。呼称とスペルを口頭、またはキーパネル入力で教えて下さい〉
「ま、待った。初期設定って?」
〈“マ=マッタ=ショキセッテイッテ”でよろしいですか?〉
「いや、待った」
 彼は立ち上がり、大きく深呼吸してからナビゲーターに向き直った。

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