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[04]


「任セテクダサイ。ワタシ、頑張リマス」
 ユーリアは私の専属になった。どうしても被験者が欲しいと訴えた結果、彼女がそれに選ばれたのだ。
〈君は彼女を抱いていないそうじゃないか。なぜかね?〉
 いつも通りの衛星携帯電話で要求を伝えた時、葉山京介は八年前と変わらぬ声でそう尋ねてきた。
 私は苦笑を交えながら、
「監視カメラの映像が正しい保障はありますか?」
 と答えた。
〈やはり細工を?〉
「悪知恵だけは子供の頃から働いたもので」
〈なるほど〉
 その反応から、私は葉山京介がすべてを承知したうえで放置しているのだと確信した。
〈定時報告さえすれば、事故が起きてもこちらで対処するよ。思う存分、研究にうちこんでくれたまえ〉
 やはり、か。
 由美さんも、私のように監視システムに細工を仕掛けたメンバーに……
〈プロジェクトもそろそろ完成に近づいている。以前、君が作った旧型の人工知性でも充分、MMOヴァーチャルリアリティRPGのNPCを演じられると皆が主張していてね。ただ、私として――〉
「努力します」
 電話を切った私は、傍らに立つユーリアに英語で最後の確認をした。
「もう知っていると思うが――これから君は、私が開発している人工知性の部品になってもらう。脳が司る不随意反射の部分を、君の脳で代用するんだ。意味はわかるね?」
「Yes, boss.」
 彼女も英語で答えた。
「最悪の場合、君の脳に障害が出るかもしれない。それもわかるね?」
「Yes, boss.」
「今なら間に合う。君たちサポートメンバーは、いつでもプロジェクトを――」
「No, boss.」
 ユーリアは寂しげに笑い、日本語で話し始めた。
「私、オ金ガ必要デス。タクサン必要デス。タクサン無イト、ママ、死ニマス」
「……病気かい?」
 彼女はうなずいた。病名を聞いたが、聞いたこともないような奇病だった。
「私が出そう」
 最初の五年契約時に五億円、さらに交わした五年契約で一〇億円の年俸を私は受け取っている。さらにPV−OSについては私が権利を持ち、そのライセンシーを独占的に葉山未来技術研究所に与えるという特殊な契約まで交わしている。つまり三一歳にして、私は億万長者の仲間入りを果たしているのだ。無論、すべてはプロジェクトが終了し、PVが世に出た後の話だが、それも遠くない未来に現実のものになる。
「No, boss.」
 ユーリアは涙目になりながら首を横にふった。
「私タチ、projectガ終ワッタ後アト、project menberニ近ヅカナイ約束デス。イヤキ……イ……」
「違約金?」
「Yes. タクサンノ違約金、私、払エナイ」
 私はもう一度考えた。彼女に危険を冒させていいのだろうか? そんな資格を、私は持っているのだろうか?
「Please...」
 ユーリアは私の服を掴んできた。
「ソーチさんヲ手伝う……オ金タクサン……ソーチさん、gentleman……ヒドイコトシナイ……ヒドイコト……ヒドイ……キタナイ…………」
「わかった」
 私は彼女の肩を叩いた。
「何かあった時には、私から葉山京介に掛け合って、君のお母さんのことはなんとかさせる。君自身も、私が面倒を見る。そうしよう」
「Boss...」
 彼女は私に抱きついてきた。性的な興奮はわいてこない。どことなく、娘が抱きついてきているような、くすぐったい感覚を覚えた。


 ユーリアには先にダイブしてもらった。ディプレイに表示される様々なデータが、深い眠りについていると告げている。どうやら睡眠薬による悪影響はなさそうだ。彼女が薬を飲むために使ったコップを台所に片づけ、戻ってくると、ちょうど私が設計した様々なプログラムと彼女がリンクしていた。
「ようやくか……」
 目を閉じ、しばらく感慨にふけった私は、自身もチェアー型デバイスに腰掛け、VR空間へとダイブしていく。
 周囲は宇宙空間だ。機材搬入時に久しぶりに更新した私の外見データは、二三歳のそれではなく、三一歳の体、そのものになっていた。
 全てがデフォルト設定のままための、今の私は純白のダイバースーツを着込でいるかのような姿になっている。露出しているのは首から上と手首から先だけだ。髪はユーリアに切ってもらい、後ろと横を刈り上げている。顔の下半分を覆うひげの長さもほどほどだ。
「さて……」
 私は改めて周囲の宇宙空間を眺めた。
 PV−OS――私が完成させたPVのための完全オリジナルOSは、思考・音声・行動の三大入力のうち、思考の面を強化したPVならでのはOSだ。もちろん、他の二つの機能も数段階、強化させた。ただ、それだけに慣れない者にはなにひとつ操作ができないというシビアなシステムにしあがっている。
 私は開発直後のことを思い返した。あの時、プロジェクトメンバーの反応は真っ二つに分かれたのだ。
 あまりにも微細なオペーションを要求するOSであったため、逆に使いにくいと言い出す面々が多数にのぼった。しかし、あるオーストリア人の女性3Dデザイナーが、PV−OSの神髄とも言うべきマルチオペーションの実演映像を公開し、肯定派も一気に増えた。
 それはひとつの芸術作品だった。
 子供の頃からクラシックバレエとコーラスをたしなんでいたという彼女は、星々がまたたく宇宙空間の中で踊り、歌いながら、数瞬で数万というウィンドウとオブジェクトを周囲に誕生させ、その全てを同時進行で操作してみせたのだ。
 彼女が踊ると、宇宙空間に様々なオブジェが生み出された。
 歌声が流れるとオブジェに色がついた。
 それぞれの微調整は思考制御で行われていた。
 作業速度は従来の数千倍。精度も高く、これぞ新時代のOSだと絶賛するものと、使いづらいだけの駄作だとする者で、I−LANの中は騒然となった。
 だが、彼女がOSのマニュアル製作担当者に抜擢され、これが完成すると、事態が急変した。彼女の細かな要望を受け入れ、バージョン1.07にしたPV−OSは、初心者用のプログラムをさらに追加することで全メンバーに受け入れられ、今では誰もが当たり前のように使いこなすまでになったのだ。
 もっとも、泣きを見る者たちもいた。デバイス関連と通信関連のメンバーだ。
 彼らの気持ちもわかる。
 PV−OSの登場により、旧来のツールが全て使えなくなってしまった。デバイスについても、エミュレーターを介して処理としていたのだから、ゼロから新たに最適化したものを組み上げる必要があった。
 それでも彼らの努力により、あと少しで普及版チェアー型デバイスと、エクサbps級回線で情報を伝達する通信プロトコルが完成しそうだ。一方、PV−OS用にカスタマイズされたゲームディベロッパー向けのツールもすでに完成している。素材に至っては世界中の有名観光地だけでなく、歴史上の様々な舞台、はては恐竜が闊歩する超古代からSF的なガジェットにいたるまで、ありとあらゆるものが蓄積している状態だ。
 夢とされたMMOヴァーチャルリアリティRPGの実現は間近だった。
 それは同時に、私に残された時間はあとわずかしかないことを意味している。
 なにより――以前、私が開発した二つの多重シンボルリンク型人工知性は、葉山京介の話によると別のプロジェクトチームの中で進化を続け、すでに世界市場を席巻しているらしい。八年の間に、世間にはFVが普及、そこで使われているM1とM2という二種類の多重シンボルリンク型人工知性は、現在運営中のFV用MMORPGで、NPCを人間らしく動かすコアエンジンとして機能しているそうだ。つまり、私がAEを完成させなくとも、すでにあるAIを使うことで、MMOヴァーチャルリアリティRPGは実用化されてしまう……
「焦るな」
 自分に言いきかせながら、私は思考を二つに分離させた。
 実際に分離させたわけではない。感覚的に、そのようなものを想定したのだ。
 この高等テクニックを操れる者は、今のところPV−OSの開発者である私しかいない。そして私は、これを身につけているがゆえに、思考だけで、誰よりも早く、PV−OSを操ることができる。
「オペレーション、スタート」
 システムに対してではなく、自分に対して言いつけるつもりで小さくつぶやいた。
 宇宙が爆発した。
 一斉に百万以上のウィンドウが開き、同数のオブジェが生まれては消え、事前にイメージしていた膨大なコマンドが瞬く間に処理されていく。
 全作業は一分とかからず終了した。
 ウィンドウとオブジェがすべて消え去る。
 宇宙は静寂に満たされた。
 私は静かに、その時を待った。
〈んっ……〉
 可愛らしい声が耳元でひびいた。
〈ここ……どこ?〉
 私は衝撃を覚えた。
 完璧だったはずだ。かなりの部分をユーリアの脳に依存しているとはいえ、聞こえるべき声は、由美さんの、あの凛とした声のはずだ。しかし、今、私が耳にした声は、間違いなく幼い少女のそれである。
 どういうことだ?
 私は奥の思考ステージで戸惑いながらも、状況を分析した。
 瞬時にある可能性を思いつく。
「聞こえるかい?」
 出来る限り優しい声で語りかけてみた。
〈……誰?〉
 彼女は震える声で尋ね返してきた。
「こんにちわ。私は桝添裕一郎。みんなからはユーチって呼ばれている。君は?」
〈………………ユミ……〉
 間違いない。反応を示した私のAEは退行現象を起こしている。
〈ここ、どこ?……くらいよ……なにも見えないよ…………〉
「大丈夫。恐いことなんてなにもないよ。もうしばらくしたら、見えるようになるから」
 今は音声データのやりとりのみをONにしている。視覚情報の処理が複雑なためだ。まずは音声を通じて、言葉というシンボルを処理できるかどうか。そこをテストする必要がある。
「由美さん……いや、ユミちゃんでいいかな?」
〈……うん…………〉
「私が誰か、わかるかい?」
 正常であれば、先ほど私が告げた名前を答えてくれるはずだ。
 しかし、彼女の返答は私の想像を遙かに超えるものだった。
〈……パパ?〉
 あるイメージが、頭の中でスパークした。
 このAEのベースは由美さんのアクセスログだ。そして、組み上げたのは私である。そして、その一部は、一八歳の若さで母親のために体を投げ出す仕事についた、ユーリアの脳を使用している。
 私と、由美さんと、ユーリアの合作。
 子供。
 否定できないシンボルだった。
「――そうだよ」
 私は無意識のうちに、そう答えていた。
「私がパパだ……君の…………パパだよ」
 胸の奥底から熱いものがこみあげてきた。
 同時に私は絶望を味わった。
 そうだったのか。
 私は今日まで、心のどこかで否定していたのか。
〈……パパ? どうしたの?〉
「なんでもない……なんでもないんだ…………」
 私はこの時、はじめて由美さんの死を、受け入れていた。

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