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[03]
PVのMCS(Motion Command System)はFVのそれを流用している。これにも、俺は不満を覚え、根本から改良を始めた。これはVR空間でもFVでもできない作業だ。久しぶりにディプレイを睨みつけ、キーボードを鬼のように叩きながら開発を続けた。
俺の悪いくせだ。
ツールに問題点があると、ついつい、改良を加えずにはいられない。
VCSはバージョン3.28にまで進化していた。作り込めば作り込むほど、PVの奥深さを知り、ついには声を発しようとする思考そのものをコマンドとして認識できるレベルにまで到達しつつある。もっとも、これにはかなりの慣れが必要なため、ツールとしては今ひとつのはずだ。
休憩は由美さんが島を訪れる時だけと心に決めた。
一心不乱にキーボードを叩き、以前、由美さんに頼んで買ってきて貰った目覚まし時計が鳴るが早いか、バタバタと冷蔵庫の料理を電子レンジで解凍。これをワークステーションのそばに持ち込み、食べながら頭の中で思い描いたコードをひたすら、ただひたすらに打ち込み続けていく。
寝る場所もワークステーションの前だ。
一応、早朝のランニングと入浴だけは欠かさないようにしたが、それ以外の時間は全てワークステーションの前と言い切っていい。
由美さんが二度訪れ、彼女がいる間だけボーッとした爛れた日を送り……
ようやく納得できるMCSが完成したのは、俺がこの島に訪れてから三ヶ月が経過した頃だった。
これが俺のターニングポイントになった。
なんと、俺が開発したPV用VCSとPV用MCSは全メンバーから絶賛されたのだ。
〈ようやく本気になったみたいだね〉
久しぶりに電話をかけてきた葉山京介は満足そうに、そう語りかけてきた。
「最初から本気だったんですけどね」
〈いやいや、そういう意味じゃない。そろそろ君も、自分にどんな才能があるか、気づいてきた頃じゃないかな?〉
「おだてないでくださいよ。俺なんか凡人も凡人。才能なんて言葉とは無縁ですよ」
〈よく考えてみなさい。二つのコマンドシステムを作った時、デバックにかけた時間はどれほどだった?〉
考えてみる。
「ほとんど……」
〈無かったね〉
「…………」
〈それが君の才能だよ。いや、確かに私は、人工知性について自分と同じ説を唱えている者がいると知り、君に着目したんだがね、それよりも驚いたのは、君が個人サイトで公開していたフリーソフトの完璧なまでの統合性なんだよ。確かにどれも、ありふれたソフトだったかもしれない。しかし、コードはどれも芸術的なまでに統合がとれていた……驚かされたよ。今時、ここまで機械語を使いこなせる若者がいるとは思いもしなかったからね〉
「じゃあ……俺はツールのために?」
〈それもある。だが、人工知能のことも考えてのことだよ。MMOVRRPGを実現するには、生きている人間と区別がつかない反応を示すNPCが必要なんだ。それには、脳そのものをエミュレートするのが最適だと、私は考えている。君なら、それを実現してくれると信じているよ〉
ようやく光明が見いだせた。
俺は「はい」と答え、拳を握った。
◆
あれから一ヶ月、俺はツールの改良に時間のほとんどを割いていた。プロジェクトメンバーからもたらされるツールに関するアイデアを実現するだけで精一杯だったのだ。それでも、ツールに時間をかけたおかげで、プロジェクトそのものが大きな進展をみせ始めた。
デバイスの制御プログラムの縮小化が成功した。
また、無能のレッテルを貼られていた俺が多大な功績をあげたことに奮起したのか、デバイスそのものの改良を担当していた面々が、ついにポッドをチェアー型へと進化させた。これは、どこにあるのかわからない葉山京介の息がかかった工場ですぐに量産され、俺のところにも回されてきた。
半分は人体実験。だが、それでもチェアー型の魅力は大きかった。
なにしろチェアー型デバイスは、椅子に腰掛け、血圧等を図るベルトを腕に巻きつけたあと、頭部のフードを降ろすだけでダイブが可能だったのだ。
これ以降、デバイス開発部門はチェアー型デバイスのコストダウンに取り組み始めた。
プロジェクト全体が新たな段階に突入した。
以後、俺は多重シンボルリンク型人工知性の開発に専念するようになった。時折、ツールの改良を頼まれることもあったが、別の研究に専念していると告げ、断り続けた。
まずシンボル数一〇メガ、リンク数六ペタの人工知性を開発してみる。
完成までに二週間かった。まずまずの出来だ。
続けてそれぞれ桁を三つずつ上げた人工知性を開発してみる。
ツールに慣れてきたせいか、これも二週間で形になった。
悪くない。
だが、俺が求める人工知性は、これらのものとは本質的に異なるものだ。
〈サンプルとして受け取っておくよ〉
葉山京介は、二つの人工知性を受け取った際にそう告げてきた。
それからさらに二ヶ月後。前触れもなく、家政婦が別の女性に変わった。
由美さんは二度と、姿を現さなかった。
◆
めどが経つまで八年の歳月がかかった。
「ソーチさん、ゴハン、デキマシタ」
リアルに戻ると、一八人目の家政婦――ユーリアが声をかけてきた。
由美さんの行方は今もわからない。葉山京介に尋ねても、タブーを承知で他のメンバーに尋ねても、信憑性の無い噂を耳にする程度で、ハッキリとしたことがわからなかったのだ。
ただ、サポートメンバーの日本人女性が、あるメンバーのサディスティックな趣味を甘受するうちに不幸にも死去してしまうという『事故』が起きたらしい。そういえばある時期から顔を合わせなくなったメンバーがいる。それを知ったのは二人目の家政婦が立ち去ることを告げに来た、由美さんがいなくなってから半年後のことだった。すでにやる気を抱けなくなっていた私だが、そのことで完全に落ち込んでしまった。
「ソーチさん、美味シイ?」
ユーリアが尋ねてくる。
彼女は一八歳のフランス系アメリカ人だ。その若さも、私に引け目を感じさせているのかもしれない。
私は三一歳になっていた。
毎朝のランニングを欠かしていないためか、肉体的な衰えを感じることはない。それでも、若さを輝かせるユーリアの笑顔はまぶしく思えた。
日本語はサポートメンバーになってから学んだため、まだまだアクセントや用法にぎこちなさを覚える。料理の腕前も今ひとつだ。何事にも一生懸命なのはわかるが、どんな食べ物にもマヨネーズをかけるのだけはやめてほしい。
それでも、彼女の一生懸命さは心地よささえ覚える。
できれば長く、家政婦を続けて欲しいものだ。
「今日ハ自信アルデス。ソーチさん、美味シイ?」
「美味しいよ」
私がそう告げると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
可愛い少女だ。しかし、そんな彼女も、他のメンバーの夜の相手を務めているのかと思うとやりきれない気持ちになる。
私は由美さん以外の家政婦と決して肌を重ねようとしなかった。
義理立てしているのかもしれない。それとも、単純にその気になれないだけかもしれない。自分でもよく分からないが、性欲そのものがスッポリと消え去ったかのように、私は女性を求めなくなっていた。
だが、他のメンバーは違うらしい。ユーリアは肌が露出する服装を好んでいるのだが、時折、そんな彼女のうなじや太股の内側にキスマークと思われるアザを見る機会があった。
メンバーの最年少者は私だ。
私より年上の男性が、一八歳の彼女を陵辱している。
反吐がでそうだ。
だが、この仕事を選んだのは、他でもない、彼女自身である。
過酷な仕事だ。由美さん以外の家政婦が契約終了と共に立ち去ったのも、ある意味、当然だろう。だが、彼女たちはどうして、性の道具になるようなこの仕事を選んだのだろうか。そこが疑問だ。
お金のためだろうか。多分、そうだろう。
だが、由美さんなら他の仕事でも充分、やっていけるだけの才覚と器量を持っていたはずだ。それなのに彼女は、この仕事を選んだ。なぜだろう。いったい彼女の身の上になにがあったのだろう。
その問いは今でも、私の頭の片隅でしこりとなって残り続けている。
◆
私はそのシステムをAEと呼んでいた。人工存在(Artificial Existence)の略だ。一時は人工頭脳(Artificial Brain)と呼んでいたが、なにも脳だけの存在だけは無いと思い、最近になって呼び方を変えた。
ベースには由美さんのアクセスログを使っている。彼女に一度だけ、PVを利用して貰ったことがある。その記録をベースにしたのだ。
あの時はたいへんだった。
第三者のデータが欲しいとワガママをいい、葉山京介――またはそれに近い者――の許可をとりつけてもらった俺は、膨大な量のDVDを浪費しつつ、PV中の由美さんにありとあらゆる行動をとってもらった。
実は、PVでのセックスに興味があった。
私が旧式のポッド型、彼女にはチェアー型でVR空間にダイブ。まだ挿入は不可能な頃だったため、私たちはデータをとりながら唇を重ね、互いの体を愛撫した。まるっきりリアルと変わらない感覚だったが、VR空間の中というシチュエーションでお互いに盛り上がってしまい、我慢できなくなって大急ぎでログアウト。私は服も半ば着た状態で、彼女を床の上に押し倒してしまった。
その時の記録が、今も残っている。もちろん、セックスのデータは秘中の秘ということで、葉山京介にも提出していない。一応、他にもいろいろな行動をやってもらい、表向きはそのデータを実験結果という形にしてある。
私はこうしたデータをもとに、AEの製作に取り組み始めた。由美さんが現れなくなって、間もなくの頃だ。
無論、名目上のことでしかない。
私は由美さんのアクセスログを再生するだけのBOTを製作し、じっとあの時、あの瞬間の彼女を眺め続けた。
目の前で屈伸運動をする由美さん。
走る由美さん。
百面相をする由美さん。
様々な味のデータを試して感想をつげる由美さん。
I−LANから切り離した上で時折再生する、肌を重ねた時の由美さんのデータに抱きついてみたが、彼女はあの瞬間を再生するだけで、今の私に応えることはなかった。
そのまま半年がすぎ、一年がすぎた。
ただじっと、彼女の姿と、その周囲に展開させた変化するデータを眺め続けた。
本当に死んだのだろうか?――そんな問いが頭の中で繰り返されていた。
そして不意に、私はひらめきを得た。
完璧に由美さんを再現しなくてもいいのではないか? たとえば、不随意反射を本物の脳に任せれば――
瞬間、データというデータが頭の中で意味のある情報へと変化した。
熱暴走しそうなほど、私の頭はフル速度で回転する。
いける。
そう確信した私は、さっそくツールの改良に取りかかった。
全てをリニューアルし、ツールそのものをシステムに統合した真のTVMCS(Thinking, Voice, Motion Command System)――『PV−OS』が完成したのは、来島三年目に突入したばかりの頃だ。そこからさらに開発を続け、AE開発用ツールも自作し……
めどが経ったのは八年目の初夏のことだ。
PV−OSの開発により私は葉山京介から絶大な信頼を寄せられていた。そのためだろう。AE開発にあたっての私の要求は、おどろくほどあっさり了承された。
使い慣れたUHK級ワークステーションは、すべて最新型のHK3級ワークステーションに変わった。デバイスも高性能『PVシート』の試作品を二つ、搬入して貰った。そして私の島はI−LANから孤立した。名目上はAEが暴走し、ウィルス化した時のための予防処置。実際には私のやることを一切、外に漏らさないための処置……
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