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[04-15]
カウントダウンは残る1秒。
「じゃ、いってみよう」
「ま、待て! 貴様、ひ──」
おそらく卑怯と言いたかったのだろう。だがその声は、“Ready set”という文字が消え去ると同時に、俺がもう一段階、トリガーを強く握りこんだことで聞こえなくなった。
代わりに響いたのは、爆音にも近い慣れした親しんだ2万円攻撃の掃射音。
炎と煙を吹き出す砲身。
頭を抱えてうずくまろうとしたマッチョ。
えぐれる地面。
砕ける巨石。
壊れた人形のように手足を踊らせてのたうち回るマッチョ。
2万クリスタル分の専用弾を吐き出し終えた頃には、顔中を涙と鼻水と唾液で汚しまくった電算2号が、必死に丸まりながらガキのように泣きじゃくっているという、なんとも言い難い結果になったわけで……
だが、俺の視界に映っているやつのHPバーは、まだ半分も減っていない。
頑丈なやつだ。
おそらく、多少の攻撃を無視できる程度の堅さをアビリティカードなどで確保したうえで、あの杵のような魔杖で一撃必殺の攻撃を仕掛けるというのが、こいつの必勝パターンなのだろう。
ところが、今回はそれを始める前に、俺が物騒な獲物をひっぱりだしてきた。
「……そういやこれ、10個と出てなかったな」
もともと《ブラストバルカン》はレアな銃系魔杖だ。俺たちですら、まだ3枚しか手にいれていない。俺とリンは1枚ずつ保持しているが、余った1枚を武装商人に売った時、確か500万とかいうべらぼうな値段がついた記憶がある。
俺は専用弾のカードを思考操作で引き出しながら、尋ねてみた。
「もしかして見るのも撃たれるのも初めてか?」
「あだり゛めぇだ!!」
電算2号の悲痛な訴え。まぁ、普通はそうなんだろうな。
「へぇ」
カートリッジカードを《ブラストバルカン》に装填する。
「俺なんかもう、数え切れないほど撃たれてるぞ。……相棒に」
「う゛、う゛そ言う゛な゛っ!!」
「普通、そう思うよな……」
遠くを見つめながらトリガーを握る。砲身はキュルキュルキュルと回り出した。
「まあ、こっちもやり返してるから別にいんだが……やっぱ、普通はそう思うよなぁ」
「や、やめ──」
キュィィィィン──ズガガガガガガガガガガガガガッ!!
「うがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!
十数秒後。
「………………ふぅ」
しめて4万円攻撃。電算2号は、2度目の嵐が終わるなり、いじめられっ子のように丸くなってしまったが……まだHPバーは3分の1ほど残っている。なかなか頑丈だ。
「あと2回ぐらいやらないと削りきれないな、これ……」
「ま゛っ、ま゛け゛ま゛し゛た゛っ!!」
電算2号が叫んだ。
「ま゛け゛た゛か゛ら゛! ま゛け゛た゛か゛ら゛……うわぁああああああああ!!」
そして泣き出す赤毛マッチョ。
「泣くことないだろ……」
念のため、新たな専用弾のカードを引き出しておく。
直後、ボクシングのゴングのような、カンカンカン、という音が大きく響いた。
──WINNER 【SHIN】
女性的なマシンボイスによる宣言。
刹那、亀になった赤毛マッチョの傍らに部長様がフワッと出現した。
表情は、かなり険しい。
まあ、あれだけ豪語しておきながら、このていたらくだ。
「おい」
俺は《ブラストバルカン》をウィンドウに戻しつつ部長様に声をかけた。
「すぐやるか?」
「卑怯者!」
部長様はカッと猫目を大きく見開きながら怒鳴りつけてきた。
「開始と同時に重火器で力押しとは、卑怯にもほどがある! 恥を知れ!!」
「避けろよ」
俺はあきれ顔で言い返した。
「耐えて、壁張って、避ければいいだけの話だろ」
「耐えられると──!!」
「そいつだって、全弾浴びたくせにHP、3分の1ぐらいしか減ってなかっただろ」
「貴様は耐えられると言う気か!?」
「当然だろ」
なにを言ってるんだ、このキンキラ部長様は。
「こんなんで死んでたら………………」
おっと。アレのことは隠せる限り隠さないと。
「とにかく。やるのか、やらないのか。どっちだ」
俺は面倒くさそうに言い放った。
実際、面倒だ。
陣営抗争でPKしまくったという話だが……その中に、リンは含まれていない。
つまりは、そういうことだ。
「……よかろう」
部長様は、ばさっ、と長い髪をかきあげた。
その瞬間、俺の目の前にウィンドウが強制展開した。バトル申請のウィンドウだ。条件はノーリミットの1対1、時間無制限の2本先取勝負。どうやら1本勝負はやめにしたらしい。
(なるほど)
今さらだったが、俺は連中が何を企んでいたか、ようやく理解できた。
もともと連中は、さっきの戦いの逆を狙っていた──不意打ちで手も足も出なくなるのは俺のほうで、向こうは高笑いでもあげながら嬲り続け、ぽつぽつといる観客に強さを誇示する。そのうえで俺に勝った男として名声を獲得する。それが連中の目的だったのだ。ところが、あろうことか俺のほうが不意打ちを仕掛けてしまった。おかげで予定が狂いまくった……そんなところだろう。
あと、これは俺の推測なのだが、電算2号のアビリティは徹底的に防御を固めるものばかりにしてあったのだと思う。それこそ、普通の攻撃であれば痛さなど微塵も感じないところまでやっていたはずだ。その結果、ダメージを食らうこと、そのものに慣れないまま今日に至ってしまった。だからこそ、《ブラストバルカン》程度の痛みと衝撃でパニックを起こしてしまった……。
(そうなると……向こうの仕掛けは、杵か?)
よくわからない。
わからない時は──トライ&エラー。当たって砕けろ。それがゲームの鉄則だ。
俺はバトル申請を受諾した。
今度は電算2号が強制転移していき、残された俺と部長様の間で、残り30秒からカウントダウンがスタートした。
「3本勝負、だよな?」
俺は肩のストレッチをしながら尋ねてみた。
「……ふっ」
キンキラ部長様は、長い髪をかきあげながら俺に背を向け、離れていく。
どうやらそれなりに距離を置くつもりらしい。
まあ、いいか。
俺は言おうと思ったことを告げておいた。
「1本目は100数えるまで防御に徹してやる。その間に……“電脳の神髄”だったか? おまえが俺の相手になるってところ、見せてくれ」
「ふん。大言壮語はそれくらいにしたまえ」
部長様は10メートル離れた地点で立ち止まり、くるりと俺に向き直った。
「我を誰と心得る」
「カルトの教祖様だろ」
「……貴様にチャンスをやる」
キンキラ部長様は、胸元に飛び込んでくる誰かを迎えるように両腕を広げた。
「未熟者の心を折った先ほどの一撃、我に打ち込むことを許す。もっとも、我はかすり傷ひとつ負わないことを、ここで宣言しておこう」
「はいはい」
面倒なので、言われた通りに《ブラストバルカン》を思考操作で具現化した。
カウントダウンは残り8秒。もう少しだけ猶予がある。
「おい、キンキラ」
「……アマテラスだ」
「これで俺が勝ったら、俺にも、新島にも、二度とちょっかいだすな。いいな」
「よかろう」
仰々しくキンキラ部長様がうなずいた。
「ならば、我が勝った場合、おぬしとあの娘には、我が忠実なる下僕となってもらう」
「断る」
トリガーを握る。砲身が、キュルキュルキュル、と回り始める。
「忘れたのか? てめぇは新島を使って俺をよびつけたんだ。その落とし前、ログアウトしたら拳で支払ってもらうつもりなんだが……それくらいこっちがムカついてること、まだわかってねぇのか?」
「脅迫かね? 傷害罪で警察の厄介になりたいのであれば──」
「なってやるよ」
俺が言葉を割り込ませると、部長様は眉間にしわを寄せた。
「何度でも言ってやる。俺は、ムカついてんだ。とりあえず──」
カウントダウンが0になる。
「死んどけ」
問答無用でトリガーを最後まで強く握りこんだ。
爆音と共に銃火が吹き荒れる。
その直前、キンキラ部長様は両手を前につきだしていた。その手の中に、一瞬であの杵が出現している。思考操作によるものだろうが、それにしても驚異的な具現化スピードだ。いや、もしかすると具現化の速さ、そのものが思考の影響を受けるのかもしれない。それに気づけただけでも、この戦いはそれなりの価値ができたように思える。
などと考えているうちに、バルカンの銃弾が雨霰と部長様に襲いかかった。
観客席がどよめいていた。
俺も、
(……ほぅ)
と、少しだけ部長様を見直していた。
部長様は《ライトシールド》の呪文で《ブラストバルカン》の攻撃を全て防いでいる。
理屈上、ありえないことだ。
なにしろ《ブラストバルカン》1発分の破壊力は《ライトシールド》数枚分に匹敵するのだ。つまり出すだけ無駄。せめて《青》陣営で言えば《トライデント》の《ウォーターシールド》のように、属性付きのスペルシールドなら強度も上がっているので多少はどうにかできるのだが……
だがしかし、部長様は間違いなく白いスペルシールドで《ブラストバルカン》を防いでいる。1発だけではなく、何十発も、スペルシールドに当たるものはすべて、完全に防ぎ続けている。
もっとも、なかなかの暴れ馬である《ブラストバルカン》は、撃ってる先から銃口がブレていくため、よほどの怪力の持ち主か、銃弾の魔女でもなければ全弾が一ヶ所に集中することはない。つまりまあ、スペルシールドを外れた弾丸が地面やら岩やらを砕いていき、その破片が部長様のキンキラな衣装を汚していっているわけで……ダメージは通っていないから、宣言通り、かすり傷ひとつ負っていないと言えなくもないが、全弾撃ち尽くした頃には、主に袴のあたりが跳ね上がった土埃でひどい有様になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
全身汗だくにもなっていた部長様は、杵を地面につきたて、俺をジロッとにらんだ。
「どうだ! 驚いたか!!」
「……ああ、驚いた」
俺は《ブラストバルカン》を収納、頭をかきながら今の手品のタネを指摘してみた。
「思考操作による呪文の連続使用」
部長様は目を見開いている。即座に図星をつかれ、驚いているらしい。
「驚くことないだろ」
「まさ……か……」
「呪文は効果が終わるまで再発動することができない。しかし、終わってさえいれば、再発動できる。だったら弱い呪文でも、発動と終了がほぼ同時になるような状況下でさえあれば、マナの続く限り、連続して使うことができるんじゃないか……誰だって真っ先に考えつくルールの穴だ」
俺は両手を後ろに回した。
「といったところで、今度はおまえの番だ。100数える間、無抵抗でいてやる。じゃあ……」
息を吸い、止め──わざと早口で数え始める。
「1、2、3、4、5、6、7──」
「……き、貴様!! どこまでも我を愚弄する気か!!」
衝撃から立ち直った部長様は呼び出した《マナカード》を装填したうえで、勢いよく、杵を振り上げた。
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