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[04-14]
―― Login Account : 436-332-2004-9719
―― FAL Check : .....OK
―― Bital Check : .....OK
―― Login Check : .....OK
―― Login Time : 23,July 20X0 13:03:22
―― Limit Time : No Limit
―― Contents Code : PHANTASIA ONLINE the NINE COLOSSEUMS ver C3.0008
―― Login Place : COLOSSEUM / HOKKAIDO AREA / LOGIN BOX 02
―― Login Sequence : .............................. complete
慣れ親しんだ感覚を経て、俺は再び仮想現実世界で目を覚ました。
(……んっ?)
ここのログインボックスは本家と少し違っていた。といっても、立ったままではなく、ダイブチェアーに似た椅子に座った状態で実体化する仕様のため、その分、ボックスが広い、という程度の違いでしかないが。
立ちあがり、横の鏡で姿を確認してみる。
俺が映っている。
SHINではなく久賀慎一が。
「……あっ、そうだった」
ログインしたらウィンドウで外装を選べ──なんてことを、入り際に部長様が言っていたことを思い出した俺は、左肩をダブルタップすることでウィンドウを展開してみた。
展開したのは見慣れたステータスウィンドウではなく、初見のアバターウィンドウと名付けられたものだった。ここでは種類の外装が登録可能であり、あとから細々と調整することも可能らしい。もっとも、これから俺が行う方法で選択したアバターは、いろいろな特殊事項がくっつくそうだが。
「……ふーん」
POとは比べ物にならないほど丁寧な補助文が表示されている。俺はそれをザッと眺めながら、“SHIN”のデータをここで使えるよう設定した。
3枠のひとつが、これで埋まる。
アバターウィンドウの初期画面に戻ると、3枠の一番左側に、スッ、とSHINの全身像がフォログラフ的に浮かび上がった。サンダルにバミューダパンツ形の海パンを履いているだけという金髪濃褐色肌の俺の姿が……
(そういや、海から出てすぐだったな。ログアウトしたの)
いずれにせよ、それを選ばないことには話が始まらない。
俺は改めてアバター・ワンを選択。瞬時に俺は久賀慎一からSHINに変身した。
「うしっ」
すぐさま思考操作で冒険装備──《シャークウェア》、《ショックシューズ》、《ハーフパンツ》、《ガンベルト》に《バーストガン》、両腕両脚に《スケール・オブ・ブルードラゴン》、顔に《アイマスク・オブ・アサシン》──を具象化させ、装着状態にする。
ちなみに《ハーフレザージャケット》は昨日というかさっきというか、船上で戦ってる最中にアイテム耐久度がゼロになったらしく、突然、カシャンと音をたてて消えてしまった。仕方ないので今は髑髏マークのついた黒いTシャツを羽織っているだけだ。
まあ、リンが武装商人筋から聞いた話によると、武器防具が壊れやすくなった一方、材料カードと呼ぶべきものさえ確保できれば、もっと上等な武器防具が簡単に手に入る変更が加えられているとか、なんだとか。
(ここで手に入るなら……)
などと不埒なことを一瞬だけ考えたが、すぐ忘れることにした。
理由は単純──不公平だからだ。
POは1営業日中に最高3時間しかログインすることができない。徹底的に入れ込んでいる古参になろうと、右も左もわからない初心者だろうと、この制限から逃れることはできない。
だからこそユーザーはログアウト中にいろいろと考える必要がでてくる。
次のログインでなにをやるか。
タイムオーバーしないためにどう動くべきなのか。
限られた時間を有効に使う──ある意味、これこそがPO攻略の鍵じゃないかと俺は思っている。外装操作がどうとか、思考操作がどうとかいうのは、枝葉末節の部分にすぎない。POというゲームの本当の肝は“時間の使い方”、すなわち時間そのものをリソースとみなせるか否かという部分……
だが、ここはその前提をくつがえしている。
リミットタイムの存在しないPO世界。詳しいことは聞いていないものの、もしここでのリソースの変化──アイテムやクリスタルの変化──が本家にも影響するなら、いろいろな意味でPOは破綻してしまう。
(……まっ、市長もそのあたり、わかってるだろうし……別にいいか)
俺は肩を軽く揉みながら、ボックスの外に出てみることにした。
シュッとボックスのドアが左右に開く。
ざわめきが聞こえてきた。
(……んっ?)
踏み出してみる。
そこは恐ろしく巨大な闘技場……いや、観客席の上半分がカフェ化しているサッカースタジアムっぽい場所だった。
ボックスがあるのは観客席最上段をぐるりと取り巻く幅広の回廊部分だ。建材は全て木製であり、カフェ部分のテーブル間や各段の仕切りには生の茂みが使われているらしい。無論、仮想現実なのだから設定さえすればどんなものでもアリなわけだが、それにしても“自然と融合した理想のスタジアム”と言うべきものがそこにあるのだから……
「有名建築家のデザインだよ。まだ完成していないらしいけどね」
部長様の声がする。
右横に顔を向けると──ヴィジュアル系バンドのヴォーカルでもやっていそうな全身これ金色の異様な男が立っていた。
「………………」
反応に困った。
純白肌に金髪のストレートロングは、まぁ、よくある組み合わせだから問題ない。身長が190近くあることや、いわゆる細マッチョ系の体型なのも、外装としては珍しくない変更点なので、よしとしておく。オプションが《青》の“竜眼”に似た赤い“猫瞳”なのもそう。逆に目立たないくらいだから、悪くないと言っておこう。
だが服装が変だ。
形状だけ見れば、和装の袴姿と言えなくもないが、その全てが黄金色なのだから目に痛いというか、センスが痛いというか。一応、袴のほうは少し黒っぽい金色にしてあるようだが……んっ? 腰に巻いているやつ、帯じゃなく、まさか、しめ縄? 後ろで大きく蝶結びされてるとか、そんなところか? ついでに頭につけてる金色の輪っか、まさか金色に塗った茨の冠とか言うなよ?
「……ふん」
背後から別の気配。流れからすると電算2号だろう。
今度はセンス的な意味で覚悟したうえで、肩越しに振り返ってみた。
「………………」
こっちはそこそこまともだった。
赤毛で褐色肌の巨漢。服装は、まぁ、赤黒い着流しを着込んだうえで、袖を脱ぎ、上を垂らしっぱなしにしている感じだ。一応、レギンス的なものを履いているようなので股間がチラリなんてことは無い。ついでにマッスルな胸元から両腕、さらには顔などに線や円や渦巻きや波線などのシンプルな赤いタトゥーを入れている。
まだ常識の範囲内にある外装だ。あくまでもPO的には、という注釈がつくだろうが。
──シュッ
電算2号の向こう側、ボックスのドアが開き、誰かが出てきた。
新島だ。
ただ、髪が金色になり、編み込んでいない状態でサラリと背に流している。肌は濃褐色。一瞬だけ目があった時に見えた限りだと、黒い両目の瞳孔は縦に割れていた気がする。おそらく“竜眼”のオプションを選んだのだろう。ついでに服装は無地の白いTシャツ、膝丈のショートパンツ、太めのベルト、サンダルという初期装備だ。
つまり、作り直したばかりの外装だということだ。
「ふっ」
部長様が鼻で笑ってきた。
「TUKUYOMI……いや、新島くん。君が実在現実偏重主義に趣旨替えするとは、驚いたな。それとも、あれほど気に入っていた胸が大きく、腰がくびれ、大人の魅力に満ちた外装はもう──」
「消しましたっ」
彼女はお腹の前で自らの両手をギュッとつかみ合わせながら言い返していく。
「もう、AMATUも抜けましたっ。陣営も《青》にしました。電算部も、辞めました。だからもう……本当に、もう、これで二度と……」
「約束は守るよ。もちろん……」
部長様が俺にニヤッと笑いかけてくる。
「君の素敵なナイト様が、この僕に勝った場合は……ね」
「そんなっ、約束が……」
「おい」
俺はスッと一歩踏み出すことで、部長様と新島の視線の間に割り込んだ。
「てめぇらの問題に俺をまきこむな。全員、つぶすぞ」
「ふん……身の程知らずが」
電算2号が人を小馬鹿にするように笑った。
かと思うと、急に表情を引き締め、部長様に向けて恭しい態度をとった。
「大御神様。電脳の神髄を知らぬ井の中の蛙をこらしめるのに、なにも大御神様、自らが手を下す必要は無いと存じ上げます。ここはどうか、このSUSANO−OHにお任せください」
「ふむ……だが今日は、観客が多いぞ?」
「承知の上です」
「よかろう。AMATUの力、思う存分、示すがいい」
「はっ!」
などと部長様と電算2号がナリキってるところは無視するとして。
(観客? ……ああ、いるな。確かに)
スタジアムの観客席には、かなりまばらな感じではあったが、確かに他のユーザーの姿が幾つかあった。いずれもカフェのテーブルに腰掛け、なにをするでもなく話し込んでいるだけのように見える。
(なんのためにログインしてんだ?)
グラウンドは未使用状態だ。青々とした芝生の中に無数の巨石が転がっているという、対戦ステージとしてはそこそこ面白そうな場所に見えるが、誰もそこに降りていこうとしない。ということは、本家の闘技場でいうトレーニングのように、パーティ単位などで何かする隔離されたブロックが別に用意されているのだろうか?
などと悩んでいるうちに、ナリキリごっこは終わったらしい。
「《青》のSHIN、下に降りろ」
電算2号がウィンドウを開きながら告げてきた。
「どうやって?……ああ、いい。わかった」
ダブルタップでウィンドウを展開すると、アバターウィンドウの代わりにコンテンツウィンドウというものが開いたのだ。そこには“アバターショップ”、“フード&ドリンク”、“バトルグラウンド”というシンプルなロゴが表示されている。迷うことなく“バトルグラウンド”を選ぶと、注意事項が表示された。
バトルは予約制。
デスペナルティは無し。ただし、試合ルールを変更すればありにできる。
キャンプはカフェテーブルで可能。予約時にすませておくこと。
「ルールは?」
俺がそう尋ねてみると、部長様が代わりに答えてくれた。
「ノーリミットで1対1の時間無制限1本勝負」
「ノーリミット?」
「カードやアイテムに制限を加えない、という意味だ。……ああ、アビリティを変更するなら今のうちにすませたまえ。おまえは我らと違い、戦いの準備を整えているとは思えないからな」
部長様は口調まで変わってしまっている。ナリキリにはよくあることだ。
化粧ひとつで気持ちが変わるように、造形まで違う外装を使うと、まるで別の人格が生まれたかのような感覚に陥ることがある。これが過度に進むと精神症になるが、コントロールできるレベルなら、むしろストレス解消になっていいらしい。というより、ネット社会では誰もが2、3の全くことなる人格を演じわけているそうだ。詳しいことは俺もよくわからないのだが。
「俺ならいつでもいいぞ」
念のためアイテムを確認したが、問題はなかった。
海水浴としゃれ込む前に整理しておいたのが、こういう形で役に立つとは……やはりリンの言うとおり、節目、節目にはイベントリィを整理するのが正解のようだ。今後はちゃんとするようにしよう。
「しからばっ!」
電算2号が仰々しい声をあげつつ、ばんっ、と自身のウィンドウを強く叩いた。
俺の眼前に新しいウィンドウが展開する。
内容はバトル参加の確認。当然、YESを選択。すると視界の片隅でカウントダウンが始まった。バトルフィールドとなるグラウンドまでの転移時間のカウントダウンだ。
「あ、あの……」
新島が電算2号の背後から俺に声をかけてきた。
だが電算2号が、俺と新島の間に割って入った。
「貴様! まだ裏切りたりないという気か!?」
「どけ、ザコ」
俺は電算2号を押しのけようとした。
これには電算2号もさすがに激昂してくる。
「ざ、ザコだと!? 貴様こそ神髄の一端も知らぬ名ばかりのザコのくせに!!」
「いいからどけ」
邪魔なので自分から横にズレることで新島と話そうとする。
だが意地になった電算2号が体を割り込ませ、邪魔をしてきた。
俺はあきれ顔で──と言っても《アイマスク・オブ・アサシン》のせいで目の表情までは伝えようもないが──マッチョ化している電算2号を見上げた。
「おまえ、小学生か」
「貴様こそ!」
と、電算2号が叫んだところで時間がおとずれた。
ふわっと視界の全てが白くなる。
次の瞬間には、青々とした固めの短い芝生が生い茂る中に巨石が点々と転がっているという広々としたグラウンドの一角に立っていた。
場所はグラウンドの中央にかなり近い。
向かい合うようにして電算2号の姿も見えた。
(……んっ?)
視線を感じる。ひとつやふたつではない。ロックオンされた時のような鋭さこそないが、数え切れないほどの細い棒で今にもつつかれようとしているような違和感がある。正直、モゾモゾしてきて落ち着かない。どうせ観客の視線なのだろうが、そうだと分かっていても気持ちのいいものではない……
──READY SET
いかにもといった感じの女性的な合成音と共に、俺と電算2号の間に数字の9が出現した。これが1秒ずつ8、7、6と変わっていく。試合開始のカウントダウンのようだ。
「さて……」
俺はガリガリと頭をかきながら電算2号のもとへと歩き出した。
向こうは不機嫌そうな様子で何か、長いものを具現化させつつ、同じように歩き出してくれる。
具現化したのは、餅つきの杵のような長柄物だ。
槍系には見えない。ということは、杖系に分類されているのだろうか?
だとすると向こうの基本は呪文攻撃?
(……めんどくせぇ)
性能がわからない杖系魔杖が相手というあたりが、特に面倒くさい。おまけに電算2号を倒せば終わり、というわけにいかないのだから、輪をかけて厄介だ。
「おしっ」
俺はカウントダウンが3秒のところで急に立ち止まった。
同時に、右腕を横に伸ばし、あるものを具現化させる。
具現化に要した時間は1秒。
「き、貴様っ!!」
なにやら電算2号がうろたえている。
「なんだそれは!?」
「なにって……」
ガチャッ──とショルダーベルトでつり下げた回転式六連機関砲型魔杖《ブラストバルカン》の前方取っ手と後方取っ手をしっかりと握りしめる。
「面倒な時には、これに限るだろ」
試しにトリガーを引いてみると、キュルキュルキュル、と砲身が回り出した。
To Be Contined
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