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ONLINE : The Automatic Heart

[04-08]


 “百諸島(ハンドレッド・アイランズ)”の全容が把握できたのは、ログインから1時間ほど経ってからのことだ。
 どうやらここは、南洋の諸島群という設定らしい。島と島の間は、底が見えないほど深い場合もあれば、足首までしか浸らない程度に白い砂が敷き詰められている場合もある。あくまで感覚的なものだが、スタート地点にあたる神殿島(パンテオンアイランド)がフィールドの中央に位置し、ここなら迷路状に橋や浅瀬で結びついている島々を渡りながら冒険をしていく、という形のようだ。
 あと、出現する敵の種類にも検討がつきだした。
 突撃攻撃と舌による巻き付け攻撃をしてくる巨大蛙――ジャイアントフロッグ。
 仮面に腰布を付けて槍を手にしているドール――アイランドウォーリア。
 橋を歩いている時に突撃してくる巨大トビウオ――キラーフライフィッシュ。
 最初はユーザーかと思ったトカゲ人間――リザードマン。
 さらに。
「あれって……あれだよね?」
「あれだろうな」
 俺たちはある島の岩山の上から、間近に浮かぶものを眺めていた。
 その島は、島は島でも岩島だった。橋は南に延びるものと、北に延びるものがあり、登ってみてわかったが、外縁の砂浜を迂回するだけで通過できるという、モンスターのいない島だった。ただ、岩肌には階段があり、これを登ると、海抜10メートルほどの高さに比較的平坦な頂上部が広がっていた。
 頂上の東側は大きく窪んでいる。それもそのはず。その端まで近づくと、岩島の東側はちょっとした湾になっており、そこに、誰がどう見ても帆船としか言いようがないものが浮かんでいたのだ。
 しかも船体は、半ば朽ち果てている。
 メインマストに張られている帆もボロボロだ。
 というか、帆は黒く、描かれている図柄は頭蓋骨と交差する骨に見える。
 朽ちた海賊船だ。
 つまり。
「幽霊船?」
「問題は、あれがゴーストシップっていう単体のモンスターか、あの中に別のモンスターがいるか……どっちだと思う?」
「うーん」
 リンは膝を抱え込むようにして、その場にしゃがみこみ、ジッと船を見下ろした。
「どうかなぁ……甲板に転がってるの、スケルトンっぽい感じがするんだけど……?」
「ゴーストっぽいモンスターが出たら、厄介だな」
「幽霊系かぁ」
「んっ? 苦手か、そっち系」
「スプラッターは平気なんだけどねぇ」
「あぁ、わかるわかる。グロイのは平気だけど、じんわり系はなぁ」
「そう。それよ、それ」
「しかもゴースト系だと物理攻撃、きかないかもしれないからな」
「杖は?」
「多分、それだな。魔法でどうにかしろってパターン。でも、聖なる攻撃とか無いよな?」
「うん、見たことないけど……追加されてるとか、そういうオチ?」
「ありそうだな……」
 俺たちが所持している杖系魔杖は《トライデント》と《ハルバード》の2つだけだ。《トライデント》には《ライトアローLv3》、《ライトボールLv2》、《ブルーシールドLv1》の他に水系攻撃の《ブルーアローLv1》が付いている。《ハルバード》は《ライトアローLv3》と《ライトシールドLv3》のみだが、その分、物理攻撃力が高いという設定のようだ。
 つまりここは、《トライデント》で挑むべき、ということになる。
 残る問題は。
「どうやって船に乗り込むか……」
「もしかして行くつもり?」
「行かないのか?」
「うーん……ちょっとパスしたいけど、興味もあるし……うーん、どうしよぉ」
 リンは真剣に悩みだした。
 俺は苦笑しつつ立ち上がる。
「悩むぐらいなら行ったほうがいいだろ。どうせゲームなんだし」
「……でも、どうやって?」
 しゃがみこんだまま、リンが見上げてきた。
「そりゃあ……」
 俺が少し考え込むと、思いついたことを口にしてみた。
「泳いで……とか?」
「泳いで?」
「あとは飛び降りるとか」
「じゃあ、泳いで」
 リンは笑顔で立ち上がった。
「おまえなぁ……そんなに泳ぎたかったのか?」
「そりゃあ、泳ぎたいわよ。だって、キレイじゃない。ここの海」
「まぁ……そりゃあ、なぁ」
 俺は苦笑しつつ、先に歩き出したリンの後を追った。


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


 階段を降り、砂浜に来たところで俺たちは装備を収納。以前、地下15階へのダウンボックスを探した時と同じように、身につけているものを《シャークスーツ》だけにした。
「やっほーっ!」
 元気よく波打ち際に走り出したリンは、そのまま急に深くなっているところに飛び込んだ。俺がゆっくりと段差のあるとこまで歩いていくと、沖合いまで潜水していたリンは、バシャッと水面上に頭を突き出し、笑顔で俺に手を振ってきた。
「船はあっちだろ!」
 俺は岩島の東側を指さした。
「わかってるーっ!」
 声を張り上げたリンは、そのまま平泳ぎで東方向へと進み始める。
 俺は歩ける限り、ギリギリまで浅瀬を歩いたうえで、意を決して深いところに飛び込んでみた。
 ヒンヤリとしている“百諸島(ハンドレッド・アイランズ)”の水は、海水ではなく真水であり、しかも透明度が恐ろしく高かった。水の中で目を開くと、遠くを泳ぐリンの体を見ることもできた。
「――ふぅ」
 どうにか慣れない立ち泳ぎで水面上に頭を突き出してみる。
 波はあるものの、それほど大きくない。
 サーフィン好きには面白みのないところだろうが、それほど泳ぎが得意じゃない俺としては理想的な場所だ。不慣れなな平泳ぎで、苦労しながら東へと向かうと、岩山をグルリと回ったところで、朽ち果てた海賊船の船体が見えてきた。
 すでにリンは船縁から垂れているロープのようなものに掴まり、甲板までよじ登ろうとしているところだ。
 実在現実(リアル)での経験の差だろう。電算部の部長様がウィザードってものを随分と持ち上げていたが、いかに“柔軟な脳神経系(ラバー・シナプス・ネットワーク)”を持ち合わせていようと、しょせんはこんなものだ――といった証拠に思える。
「ふぅ……」
 俺はどうにか、リンがよじ登っていったロープを掴み、一息ついた。
「ほら! 早く登ってきなさいよ!」
 甲板の縁から頭を突き出しつつ、リンが俺に向かって声を張り上げた。
「わかってる!」
 俺は怒鳴り返すと、これまた慣れていないロープ登りなんていう作業に苦労することになった。鉄の棒なら、小学校の時に校庭に遊具があったのでなんとかなるはずだが……まぁ、あれだ。俺はシステムのサポートを受けない運動に関しては、とことんなまでに使えない人間らしい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 どうにか船縁にあがったところで、俺は息を荒らげながら座り込んだ。
「なによ、これくらいで」
「無茶言うな……俺、単なるゲーヲタだぞ」
「そんなの言い訳にしないの。ほら、戦闘準備」
「ったく……」
 どうにか呼吸が整ったところで、俺は装備を身につけ、《ハルバード》の代わりに《トライデント》を具現化させた。リンも同様だったが、《トライデント》は左手に持ち、右手には《バーストガン》を持っている。
「銃はいいだろ」
「使える敵かもしれないでしょ?」
 確かに、と頷きつつ、改めて甲板から船内を眺めてみる。
 随所がボロボロどころではない有様の海賊船だが、こうして眺めてみると、見えている範囲では意外と壊れていないことがわかる。少なくとも中央にそびえ立つ1本マストは朽ちていない。
「戦うには充分なんじゃない?」
 リンはそう告げつつ、甲板を何度も踏みつけていた。
「腐っては……いないみたいだし」
「気を付けろよ。落とし穴のひとつやふたつ……」
 刹那、俺はザワッとしたものを何か感じ取った。
 攻撃焦点を向けられた感覚に似ている。
 リンも何か感じたらしく、俺と背中をあわせながら身構えてきた。
「なに今の。イベント?」
「……正解」
 急に周囲が薄暗くなりだした。見ると、あれだけ明るかった空が、ものすごい速さで夜へと変わり始めている。そればかりか青かっら空は、あっという間に灰色の厚い雲に覆われていった。
――カタッ
 甲板の骸骨が動く。
――カラコロカタコトカランコロン
 人骨のぶつかりあう音色は、どこか木琴を連想させる。次々と組みあがっていく人骨は、頭にボロ布を巻いたり、アイパッチを付けたりと、それとなく海賊っぽい装飾が施されている。頭上には“CARSED SAILER”の文字と真っ赤なHPバーが出現。どうやらただのスケルトンでは無いらしい。
――バンッ!
 背後のリンが、問答無用で《バーストガン》を撃ち込んでいた。
「ダメ。すり抜けるみたい」
「あれだろ。イベント中、踊り子さんに触らないでくださいって感じの」
「踊り子? あれが?」
「まぁ、もう少し待てって」
 実際、完全に空が真っ暗になると、どこからともなく高笑いが響いてきた。
「ようこそ“あおのまじょうし”よ!」
 NPC(マネキン)特有の聞き取りづらい棒読み言葉が船尾方向から響いた。
 左右に階段、正面にドア、手摺りの向こうに舵輪があるという艦橋に、黒帽子に黒コート、鈎爪の右手を持つ“呪われた船長(CASED CAPTAIN)”という名のスケルトンが立っていた。
 直後、俺とリンの前にウィンドウが強制展開する。
「なにこれ?」
「カースドキャプテンの台詞……だろ?」
 実際、そこにはこんなことが表示されているのだ。

EVENTS INFORMATION

〜百諸島キャンペーンイベント「海賊王の遺産」〜

イントロダクション


ようこそ、《青》の魔杖師(ブルー・ウィズ)よ!
我は海賊。百諸島(ハンドレッド・アイランズ)に縛られし24の呪われし海賊船(トゥエンティフォー・カースドシップ)のひとつ、十字骨(クロスボーン)なり!

汝、我らに代わりて呪われる意志はあるや!?

海賊王ジェリー・ロジャーの遺産、彼方への鍵を求める意志はあるや!?

答えよ! 汝の意志、ここに声高に宣言せよ!



※INFORMATION
  • これはキャンペーンイベント「海賊王の遺産」のスタートイベントです
  • 本キャンペーンに参加するには、1名につき100万クリスタルを参加費が必要です
  • 参加費はイベントクリア時、全額返金されます
  • リタイアした場合、参加費は全額没収されます
  • リタイアの条件は次の通りです
    • クリア前に百諸島以外のフィールドに移動したユーザー個人またはパーティ全員
    • HPがゼロ以下になりデッドしたユーザー個人
    • リーダーがパーティウィンドウでリタイアを選択したパーティ全員
  • クリアの条件は次の通りです
    • メンバーの誰かがアイテム「海賊王の遺産」を使用したパーティ全員



200万クリスタル(パーティメンバー2名分)を支払い、イベントに参加しますか?


YES  NO




「キャンペーンって……もしかして、あのキャンペーン?」
 リンが目を輝かせながら俺を見上げてくる。
「らしいな」
 俺は苦笑しつつ、ガリガリと頭をかいた。
 『 PHANTASIA ONLINE 』には様々なイベントが用意されている――ということになっていたが、今までは実装されておらず、看板に偽りありの状況が続いていた。だが、今回の大型アップデートで、イベント類が実装されたらしい。
 ちなみにキャンペーンは“ドラマ仕立ての連続イベント”ということになっている。ある意味、『 PHANTASIA ONLINE 』の目玉ともいうべき要素であり、PVというメディアの特性を最も良く表せるものだとも言われている。
200万(2M)なら余裕で出せるし、やってみない?」
 リンは乗り気だ。
 どうやら俺の相棒は、こういうイベント物が大好きらしい。きっと、祭りなんかに出くわしてしまうと、参加せずにいられない性格なんだろう。俺のほうはそれと正反対に、祭りは眺めているほうが好きだったりするが……でも、このキャンペーンには惹かれるところがある。
 なにしろ、海賊だ。財宝探しだ。
「ほら、宝探しって面白いそうじゃない!」
 リンは今にも飛び跳ねそうな様子で、勢い込みながら俺を説得にかかった。
「海で、海賊で、財宝よ!? これぞゲームって感じじゃない! せっかく夏なんだし、やろうよ!!」
 なんだ、その理由は。
 まぁ、俺のほうも異論は無いが。
 なにより、初めてのキャンペーンイベントだ。そりゃあ、燃えるだろ。ゲーマーなら。
「そこまで言うなら、やってみるか」
「そうこなくちゃっ!」
 リンは自分の目の前に展開しているウィンドウに手を伸ばした。
 確かめなくともわかる。
 YESのボタンを押し込んだのだ。

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