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[43]
ダウンゲートから第四階層に降りた攻略隊は、腕慣らしもかねて、北西端にある泉部屋を目指すことにした。
到着したのは午前八時頃のこと。
これほど早く到達しえたのは、すでに泉部屋までの地図があったことと、リーナ救出作戦を想定した対人戦闘の準備が進められてきたことが関係している。
「往路で微調整だ」
レイスの宣言通り、SHOPでタトゥを購入した攻略隊は、第四階層のダウンゲートがある部屋を目指す中で、装備やスキルの微調整を行っていった。その中で一際大きく変わったのは、最初のうちは遅れをとっていたリーナだったのだから、誰もが驚くことになった。
もっとも、リーナの変更点は主武器だけである。
彼女は主武器を薙刀から“ワキザシ+3”という小太刀二本へと変更することで、驚くほどの強さを発揮したのだ。
「目覚めたな」
とはレイスの率直な感想だ。
「そうみたい」
照れくさそうに笑ったリーナは、驚きの視線を向けるクロウに尋ねてみた。
「今の戦い方、どうだった?」
「……スキル、かな」
こうして微調整を行いつつ、万全の体勢でことに及んだ結果――
「意外と呆気なかったんじゃない?」とはリーナ。
「……だな」とはクロウ。
午後十一時半頃――攻略隊は第一関門をクリアしていた。
泉部屋の次に彼らが向かったのは、ダウンゲートの北側にある細長い部屋だ。そこにいる百体近いニンジャ、ムシャ、キャスター、クルセイダーを全滅させることこそ、第一目的そのものだったのだが……
「こんなことなら最初から突入しておけば良かったな」
レイスもまた、クロウとリーナの意見に賛同らしい。
他の面々も同様だ。
もともと戦闘は長くても十分、短ければ一分で終わる。今回は敵側に回復役としてクルセイダーがいたため、かなり長引くのではないかと危惧されたが、それこそ杞憂で終わってしまった。理由を探せば、やはり攻略隊がリーナ救出を目指して「自治会員を皆殺しにする」覚悟すら固めていたところにあるだろう。
範囲攻撃呪文による爆撃。
突進してくる敵のブロック。
前線を受け持つ面々を回復するなどの支援。
攻略隊は全体を三つの役割に分け、それぞれの役割を果たしたうえで、自らの特性を活かす方向に武装やスキルを整えていったのだ。わずか数日で行った急場凌ぎの準備とはいえ、意思の疎通がしっかりとしているばかりか、士気に至っては呆れるほど高いという面々が揃っている。おまけに相手はクリーチャー、この世界では血も飛び散らない、死体も残らない――怖じ気づく理由を探すほうが難しいくらいだ。
(それにルーマーシステム……か)
クロウはカタナを鞘に収めながらキリーのことを考えた。
果たして本当に実装されているのかわからない。だが、どういうわけか攻略隊全体の戦闘力が第四階層を一歩進むたびにグングンと高まっている感じがあった。自分の躰も驚くほどよく動く。それにもまして、リーナもよく動く。
今の攻略隊は、クロウ、リーナという攪乱役が加わったことで、チームとしての打撃力は驚異的なレベルに到達していた。
(これなら――いける!)
クロウは確信しながらリーナに目を向けた。
両手に持つ小太刀を鞘に収めたリーナは、表情こそ引き締めているが、目を輝かせつつクロウを見返し、無言でうなずいてきた。クロウもまた、無言でうなずき返し、他の面々にも目を向けた。
全員が手応えを感じていた。
これなら地下十階を目指してもなんとかなりそうだ――と。
「行こう」
レイスが歩き出した。今日のレイスは漆黒の法衣に漆黒のケープ、光臨を思わせる仰々しい飾りがついた杖に銀のサークレットという魔術師を絵に描いたような装備を身につけている。ひとつだけ何かあるとすれば、左頬から左肩にかけて、炎を模した青い刺青が掘られてあるという点だろう。
SHOPで購入した“リヴァイアサン・オブ・タトゥ”だ。
他の面々も、同様にタトゥを装備している。
デザインが同じなのは、以前、クロウが試行錯誤した時のデザインが、そのまま“タトゥ・デザイン”の選択画面に保存されていたからこそである。一方、装備場所を頬から肩にしたのは、ランスロットの提案だった。正確には提案というより冗談というべきだろう。これでクロウと同じだ、と彼がおどけると、他の面々も面白いとのってしまった、というだけにすぎない。
「クゥ」
赤い刺青を頬に刻んだリーナが声をかけた。
クロウは苦笑を漏らしつつ、レイスを追いかけるように、リーナと共に歩き出した。他の面々も、そのあとに続いた。
向かう先は部屋の北側。隔壁が閉じたままのドアの向こうだ。
「ドロップアイテムには、“ブルーリボン”に該当しそうなアイテムが無かった」
歩きながらレイスが告げた。
「だとしたら、あのドアの向こうに何かあると見て間違いない。ただ、連戦の可能性もある。全員、気を引き締めて――」
連戦は無かったが、予想外の出来事が起きた。
◆
〈さすがは攻略隊。これも象徴補正のお陰かな?〉
声はどこからともなく響いた。
瞬間、レイスは杖を構え、クロウは居合いの姿勢をとり、リーナは素早く小太刀を抜き、それ以外の者もそれぞれの武器を構え――素早く周囲を探り、完全な臨戦態勢を整えた。
〈へぇ……実力と考えてよさそうだね〉
「誰だ!?」
誰何の声はレイスが張り上げた。
〈NPCさ〉
謎の声はすんなりと答えた。
〈アズサ八号の話、聞いてるだろ? チェックポイントに現れるNPC……それがボクだよ〉
「……姿を現せ」
〈それがちょっと困っててね。さすがに処理が重くなってきたんだ。生存者二十四人は、ちょっと多すぎだよ〉
「いいから出てこい!」
〈はいはい。じゃあ、前の外装を流用するから。あぁ、そういえば――〉
続けてまったく同じ口調の肉声が響いた。
「パーソナリティは最初に定まったもので固定されちゃうから、こういう感じになってるけど、そこは許して貰えるかな?」
誰もがギョッとした。
忽然と一同の中に、黄金色の西欧甲冑を身につけた十歳前後の少年が現れたのだ。
美童とは、まさに彼のことを言うのだろう。
巻き毛がかった短い黄金色の髪、白い肌、赤い瞳――顔立ちは小生意気そうにしか見えない十歳前後の少年そのものだが、股下が長く、兜の無い西洋風の甲冑を身につけているせいで、傍目にはもっと年上にも見える。
全員が悲鳴と驚きの声を飲み込みながらザッと彼を中心にして外側に退いた。
武器を構えなおす音は、即座に輪唱した。
クロウにいたってはカタナの鯉口を切っている。もはや完全に斬りかかる体勢だ。
黄金の少年は唇を開き――
「おめでとう。キミたちは二番目の到達者だ」
耳の痛いほどの静寂が舞い降りた。
「……二番目、だと?」
杖の先を突きつけたまま、レイスは眉を寄せながら小さくつぶやいていた。あまりの静けさに、そのつぶやきが驚くほど大きく室内に響いた。
「その通りだよ、レイス」
黄金の少年が答えた。動かしているのは口だけというのに、稟としたその声は、どこか仰々しい芝居でも見ているような錯覚を抱かせずにいられない。
「キミたちは二番目だ。手法は彼らと同じだが、やはり洗練の度合いではこちらが上だね。さすがは攻略隊だよ。“騎士団”クラスの象徴補正を――」
瞬間、黒い風が吹いた。
「待て!」
レイスが声を張り上げる。だが、もはや風は吹き抜けたあとだった。
漆黒の風は――ふたつだった。
ザザザッと床を削りながら、クロウとリーナは黄金の少年の向こう側で、早くも体の向きを変えていた。間をすり抜けられた他の面々はギョッとしながら振り返っている。ただ、彼らが目にしたものは、両目を見開き、驚愕しているクロウとリーナの姿だった。
「残念だけど」
黄金の少年はなおも口だけを動かし続ける。
「この外装は視覚情報しか持っていないんだ。これでもキャラクターカテゴリーがEAだからね。そうだな……MMOだと、囚われの姫を助けた時、お姫様を殺そうとする馬鹿も出てくる可能性、あるだろ? それに脱がせないとしても、服の上から胸とか触ろうとする変態とかもさ。そういうわけで、だったら画像だけにしてしまえば管理も楽だろうって、そう考えたわけ」
「――誰が?」
レイスが尋ねた。
「ディベロッパーだよ」
黄金の少年は答えた。
レイスの顔に、さらなる険しさが宿った。
「……おまえがディベロッパーなんじゃないのか?」
「面白いこと言うね。仮にそうだとしたら、どうだって言うのかな?」
「おまえだな」
レイスは断言した。
「おまえが――“真犯人”だな?」
驚きの声が方々からあがった。
「へぇ……」
黄金の少年は、はじめて口以外の部位を動かし――顔をレイスに向けた。
「……あぁ、そういうことか。よっぽどバッシュのことを頼りにしてたんだね」
その瞬間のレイスの百面相は、違う意味で皆を驚かせた。
最初に驚愕のあまり両眉を上げ。
次いで不快そうに眉間にしわを寄せ。
スーッとしわが消えていくと無表情になり。
最後は――口を小さく開きながら、怯えの表情を浮かべた。
「思考を……」
「正確には、偏差がθ域を超えたアクティブと判断される象徴をリアルタイムでモニタしてるだけなんだけどね。正確に把握しているとは言えないよ。それでも、今のキミが、バッシュならどう考えるのかと仮定することで、思考の方向性をまとめようとしてた――ということなら、過去に何度も記録された現象だから、容易に類推することができた。それだけのことだよ」
黄金の少年は、本当に大した事ではないと言いたげに独白した。
意味が一同の頭に浸透するには、かなりの時間が必要だった。
「……本当に…………」
クロウの横では、リーナが小刻みに肩を振るわせ始めた。
クロウにしてもカタナを手にしたまま動くに動けなくなっている。そもそも今の彼は、考えるということができなくなっていた。なにか、とんでもない事態に遭遇してしまったということなら考えることもできる。しかし、どういうわけか、それ以上のことを考えようとすると思考が白くなるというべきか、停滞してしまうというべきか……
「キミに免じて真相の一部を証してあげるよ」
黄金の少年はレイスに語りかけた。
「ボクはプログラムを走らせたあと、『真犯人』という象徴に強い忌避感を結びつけた。もちろん、《システム》側での象徴処理は、必ずしもうまく機能するとは言えない。そもそも多重結合象徴は複雑に絡み合うことで初めて意味を為している。仮に『真犯人』という象徴を完全に切り離したら、今度は別の……そうだね、キミたちの場合、クロウが失踪するという事件が起きた。引き金となった出来事はマサミの誘惑。つまり、この事件でいえば、『マサミ』と『真犯人』という象徴は強く結合する。ところが、《システム》で『真犯人』を消してしまうと、『マサミ』と『真犯人』という意味の結合が不可能になってしまう。そうなるとクロウの失踪の原因を考えるたびに、何が何だかわからなくなってしまう。それはクロウの失踪という出来事そのものを考えなくさせることに結びつき、結果的に事件そのものばかりか、クロウについても、考えなくなることに通じてしまう。わかるよね。同じように、様々な出来事の因果の因を考えられなくなるわけだから……知性が損なわれる。これではなんのためのゲームか、わからないだろ?」
「……嘘を言うな」
レイスは全身に力を込め、睨み殺さんばかりの勢いで黄金の少年を見据えた。
「そんなこと、不可能だ。だいたい、『真犯人』には『原因』、『損害』、『人物』、『秘匿』、『犯罪』……ざっと考えるだけでも適時利用可能な象徴が他にも無数にある。そのすべてに操作を加えれば、思考そのものが阻害される」
「そう。さらに付け加えれば、《システム》側での象徴処理は、あくまで印象を操作することしかできない。なにしろ人間の脳神経系、RAMであると同時にROMでもあるからね。多少の時間をかけても、完全に作り替えることは不可能と見るべきさ」
「――それか!」
レイスがハッとなった。
「だから、空白の七日間が!?」
「いや、あれは単純なミス。キミが考えた通りの効果は……無かったとはいえないけど、それほどでもないよ」
黄金の少年は楽しそうに微笑んだ。
「それにしても、本当にキミは素晴らしいね。バッシュもなかなかのものだったけど、そこまで頭の回転が速いと、こっちが嬉しくなっちゃうよ」
「貴様……」
「キミならもうわかってるよね。ボクとしても、こういう操作は不本意だったんだ。でも、プレイヤー同士で犯人探しをされるよりはいいだろうってね。でも……やらなくても状況は同じだったんじゃないかな。だいたいさ、コロシアムに集めただけで、乱交やら暴動やら……ああいう、主旨に背いた遊び方ばかりされちゃうとは思いもしなかったし。仕方ないから、こっちが介入できるまでの間、WCをドカドカ投入して、その場しのぎのこと、させてもらったけど」
恐るべき独白だった。
あまりの内容に、レイスと少年の会話に口を挟める者は誰もいなかった。
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