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[42]
簡単な打ち合わせが終わると、それぞれが思い思いの夜をすごした。
◆
「クロウ、来い」
レイスは自分の寝床にクロウを呼びつけた。第四階層での日々を聞き出すためだ。クロウは問われるままに、戦いに明け暮れた日々について語っていった。代わりにレイスは、クロウが失踪してからの日々について語り聞かせた。
「――リーナ。いるなら入ってこい」
声をかけると、しばらくの間を置いてからリーナが入ってきた。盗み聞きしていたつもりはないが、寝床が真向かいにあたるため、どうしても聞こえてしまったのである。
「話せるだけ話せ。なにがあったのかを」
リーナはボソボソと語り出した。
不意打ちを食らってバッシュがロストした時のこと。
コロシアムでの監禁生活のこと。
連れて行かれたマコが、翌日には別人に変わっていたこと。
一度だけ見張りの男に襲われかけたが、それを救ったのが、変貌したマコだったこと。
「マコさん……あたしにだけは優しいままで……でも…………」
それ以上のことは言えなかった。
レイスも尋ねようとせず、
「そうか」
とだけ答えた。
「帰っていいぞ」
レイスは二人を下がらせ、ひとり、自分の寝床であぐらをかいた。
攻略隊は二十八名でスタートした。
今は二十四名。ちょうど四パーティ分。切りの良い数字だ。
(そういえば……バッシュ。二人スカウトしようって話、けっきょく流れたぞ?)
レイスは思い出の中のバッシュに語りかけた。正直、彼がロストしたことを今になっても信じられずにいるが、リーナが消える瞬間を見たと言っている以上、おそらくは事実のはずだ。だが、どうしても信じることができない。今はそれでいいと、思うことにした……
◆
時は少しだけさかのぼる。
「まだ中に入るなよ」
キリーは手近にいた独立派に釘をさした。かと思うと、すぐにマサミの手を引っ張り、早足で北側のT字路へと引っ張っていった。歩哨は二人が攻略隊のメンバーであると見知っていたため、手をあげて挨拶するだけで素通りさせてくれた。
東に向かえばエレベータールーム。
西に向かえば別の場所。
キリーは西に向かった。その先には、二ブロック間隔でドアが並んでいる一帯がある。その一番手前のドアに近づき、一×二ブロックの部屋の中へと入っていった。そこは、攻略隊が“ハッテン場”と呼んでいる部屋でもあった。
「別に犯る気は無いって」
マサミの手を離したキリーは、アイテムウィンドウから巨大な回転ベットを具現化させ、その上に大の字になって寝そべった。
「ふぅ……」
吐息をつきつつ、両目を閉ざす。
戸惑うマサミは、ベッドから数歩離れた場所に立ちつくしていた。
「……頼まれたんだよ」
ポツリとキリーがつぶやいた。
「バッシュの野郎、あんたが戻ってきたら面倒をみてやってくれって、頼みやがってさ。馬鹿だよなぁ、あいつ。俺なんかに頼んでどうする気だったんだか」
「………………」
「あいつ、俺が最初に会ったプレイヤーなんだ」
キリーは独白を続けた。
「チュートリアルの最中にさ、道の先からヒョコヒョコ歩いてきたんだ。俺も驚いたけど、向こうも驚いたらしくてさ。何も言わないで近くまで来て……なにしたと思う? あいつ、俺の胸、もみやがったんだ」
その時のことを思い出したのか、キリーはクククッと笑った。
「俺が『なにすんだ』って言ったら、『あっ、悪い。もしかしてプレイヤー?』とかすっとぼけたこと、聞いてきやがって……『そうだ』って答えて、『俺は男だぞ』って言ったら、『そうだと思った』って。いい根性してるよな、あいつ」
「………………」
「ただ、妙に波長があってさ。そのあとも一緒に歩いて、チュートリアル、クリアしてみたら……あれだろ? さすがに度肝抜かされたけど、あいつ、なんて言ってきたと思う? 俺に向かって『やってみるか?』だぜ。中が男だってわかってんのに、普通、そんなこと言えるか?」
「でも……」マサミがポツリとつぶやいた。
「まぁね」
キリーは上体を起こし、あぐらをかいた。
「俺も女の躰でどう感じるのか、興味あったしな。いや、ログインしてすぐ確かめたけど、チュートリアルが終わるまでって、下着が肌に接着されてただろ? だからその時になって初めて自分の躰、確かめることができてさ。俺たち二人、俺の躰を見ながら『おー』とか『すげー』とか言ってんの。馬鹿だよな、俺たち」
「…………」
「おまけにバッシュのやつ、すっげーうまくてさ。もう、ヒィヒィ言わされたのよ、これがまた。あとはまぁ、一人も二人も一緒だなぁって感じ。さすがにフェラだけは勘弁だけど……あれだな。母性本能ってやつ、なんとなく理解できるようになったんだわ。不思議なことに」
「……好き……だったんですか?」
「んっ? 誰が?」
「……バッシュさんのこと…………」
「ええっとだな……恋愛感情って意味ではNO。ダチって意味ならYES。あっ、でも、リアルでケツ貸せって言われても、あいつには貸すかも」
それは恋愛感情では無いのだろうか?――とマサミは思った。
「言っとくけど、ゲイじゃないぞ。バイかもしんないけど」
キリーは苦笑した。
「あいつが言ってたけど、人間ってやつは躰に支配されやすい生き物なんだと。こうやって脳みそだけ、仮想現実にいるように思えても、やっぱり架空の躰が無いと精神が持たないし、今度は架空の躰に頭の中身が支配されちまう。ただ、やっぱり虚構は虚構にすぎない。リアルの躰に戻れば、ここでの経験なんて夢見たいなものになっちまう。所詮、ここでの経験なんて、リアルな夢と大差ないってことらしいわ。あいつが言うには」
マサミはハッとなった。
キリーは気づいている。自分が、どんな体験をしたのか。
「とりあえず、そんなところかな」
「………………」
「まぁ、俺って何に対して適当だけど、ダチとの約束だけは破ったことがなくてさ。それだけが自慢なわけよ。んで、あんたのこと、あいつに頼まれちゃったもんだから、俺としては見捨てておけないわけ。そういうわけだから、俺の勝手で付きまとわせてもらう。以上。昼寝すっから、見張り役、頼むわ」
その後、マサミはハッテン場の外に座っていた。
しばらくすると、ボイルが姿を現した。
ボイルが語った言葉はひとつだけ。
「――クロウ、マサミのこと心配してた」
マサミは泣いた。ボイルは無言のまま、そんな彼女の隣りに座り続けた。
◆
ハッテン場には十数名の隊員が向かった。半分は最初からパートナーを決めたうえでの訪問だったが、残り半分は、ここに来てから相手を定めていた。
ちなみに、目隠しとなるのは、横に倒した本棚ぐらいだ。声は筒抜け。中には隠すものの無いところで抱き合っているカップルまでいる。いつものことだが。
「とうとうその気になったんだな」
キリーが苦笑していた。目の前には、カチコチに固まったランスロットは立っていた。
こう見えてもランスロットは――ノゾキに来ることこそあったが――相手を求めてきたことがなかった。他の女性メンバーが粉をかけても逃げ出したのだから、実はかなりの奥手なのかもしれない。
「まぁ、そう固くなるな――誰か、童貞食ってみたいやつ、いるか?」
「あっ、はいはいはーい」
「えーっ、俺は? 俺はどうすんの?」
「私だと不満かしら?」
キリーはしなを作りながらキスを投げかけた。
こうして。
ランスロットは男になった。
◆
クロウが寝床に戻ろうとすると、どういうわけか、うつむいたリーナがついてきた。
彼は何も言わず、中に入ろうとした。
手首をつかまれた。
一瞬、躰が飛び跳ねそうになったが、クロウは平静を装い、そのまま中に入っていった。
向かう先はいつもと同様、ベッドの横だ。
クロウは壁を背に、床に座り込んだ。リーナは彼の手首を掴んだまま、隣りに座った。
泉部屋は静かだった。
蓄音機から流れるオールドジャズは、余計に静けさを際だたせている感じさえあった。
「あの、さ」とクロウ。
「うん……」とリーナ。
「……よく、わかんなくて……さ…………」
「……うん…………」
なにがわからないのか、今さら口にできるはずもない。そもそも、わかっているなら、こういう台詞を口にするはずがない。それでもわかってしまうのだから、余計にたちが悪い。それ以前に、よくよく考えれば、そういう状勢ではない。それでも……
「――人間ってさ」
不意にクロウは苦笑しながら訥々と語り出した。
「なんていうか……すごいな、人間って。こういう状況になっても、誰かのことを好きになったり……それより重要なこと、いっぱいあるはずなのに…………」
「……昔ね」
リーナは空いている左手で膝をかかえた。
「おじいちゃんが言ってた。戦争が起きようと災害が起きようと、寝て起きて食べて子供を作ることはやめられない。それが人間なんだって」
「言えてる」
クロウは苦笑し、左脚を伸ばしつつ、右膝を右腕だけで抱えた。
「でも今は……他に話したいこと、いっぱいある」
「あたしも」
二人は笑いあった。
「でも――ちょっとだけ残念」
「……悪かったな、ガキで」
「ううん。残念だけど、安心した」
リーナはクロウの左腕に自らの右腕をからめていった。
少し照れくさかったが、クロウは腕だけでなく、指と指ともしっかりと噛み合わせた。
「……クゥってさ、指、長いよね」
「そうか?」
「そうだよ。手だけ見たら、女の人みたい」
「……悪かったな、男女で」
「あっ、もしかしてクゥもそう言われてた? 小さい頃」
そこから話題は小さい頃の身の上話になった。喘息と足の話を済ませているからだろう、お互いにとってのタブーを話し終えていたクロウとリーナは、烏山浩太郎と桜木里奈として、それぞれの身の上について語りあった。そして、ささやかな約束を交わし合った。
◆
翌四十日目午前五時半頃。予定より早く準備が整ってしまったため、攻略隊は静かに泉部屋を出立した。あとのことは、すべてキリーとマサミが引き受けてくれた。
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