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[01-09]
「――あと3分ちょい!」
「じゃ、ウルトラマンになるか」
あれから2度の戦闘をくぐり抜けた俺たちは、汗だくのまま、いかにも胡散臭い両開きの扉を、一緒になって押し開けた。
扉の奥には、軽く直径50メートルはある広々としたドーム場の空間が広がっていた。
床も天井もすべて煉瓦作り。
上に橙色の巨大な光球があるため、室内は驚くほど明るかった。
そんな部屋の中央にいるのは――
「……ドラゴン?」
「……だな」
大きい。動物園で見た象と同じぐらい、あるかもしれない。
全体的なフォルムは恐竜の首長竜に似ている。違いは、全体が鱗に覆われていることと、背中に小さなコウモリの羽根が生えていること、さらに頭部が凶悪だ。巨大な目、突き出た角、鋭い牙、寝息と共に吐き出されれる炎……
「寝てる?」とリン。
「寝てるな」と俺。
俺たちは顔を見合わせた。
正直なところ……リアルすぎる。ドラゴンが、あまりにもリアルすぎる。
確かに攻撃手段はある。だが、俺もリンも、平和な日本に生きるごく普通の学生にすぎない。巨大生物なんてものは、動物園かTVで見るものと相場が決まっている。間違っても、生身で戦いを挑む相手ではない。それこそ、動物園の檻の中で、象やライオンに喧嘩を売るのと同じくらい無謀な行為に思えて仕方がない。
「……恐い?」
リンが尋ねてきた。
「そりゃあ……な」
俺は素直に答えた。
「実はわたしも」
リンは小さく舌を出した。
思わず見とれた。
あっ、かわいい――なんて思ってしまった。
不覚だ。
というか、そういう状況じゃないだろ、今は。
「あっ」
リンがつぶやく。
「……時間」
「あぁ……」
慌ててウィンドウを開く。左下には無情にも“23,July 20X0 11:00:05”と表示されていた。ビビっているうちに3分が過ぎてしまったのだ。
「どうしよう」
リンは見上げながら尋ねてきた。
「どうするって……」
打ち合わせ通りにやるなら、今日のチャレンジはこれで終了ということになる。いや、地下5階に下りる前の話を優先すれば、クリアするまでリンは付き合う予定になってる。だが、相手が相手だ。正直、俺も腰が引けている。リンもそうだ。だからこそ、俺に尋ねてきたのだ。これからどうするのか、と。
「…………」
俺は目を閉じた。
立ち止まっている間に疲労は回復、汗も消えていた。
「よしっ」
俺は両目を開け、両手に1丁ずつ《スペルガン》を持った。マネキンたちがドロップしたものだ。他にも《ブロードソード》や《スピア》なんかも、カード化した状態でウィンドウに収納してある。一緒に拾ったカードリッジカードは、他と一緒に、全部呼び出した上で左腰のカードホルダーに差し込み済みだ。これで呼び出し手順を経ることなく、いつでも弾倉を具現化できるのだ。
「決めた」
「うん」
「玉砕で終わる。どうだ?」
「……やるの?」
「やる」
「……どうしても?」
「恐いのは最初だけだ――――多分」
リンは再び部屋の中を覗き込んだ。
「これって……遊びだよね?」
「仮想現実だな」
「……恐くない?」
「恐い。めちゃくちゃ」
「恐がってるように見えないけど」
「これでも?」
俺は銃を持つ右手をあげた。かすかに震えている。情けない限りだが、本当に俺は怯えているのだ。
「…………うん」
長い沈黙のあと、リンは頷いた。
リンも両手に《スペルガン》を構えた。俺と同じ2丁拳銃だ。
「途中で逃げるとかないわよね?」
「逃げるわけないだろ」
「絶対?」
「当たり前だろ。相棒置いて、おめおめ逃げられるか」
「……OK、相棒」
ようやくリンの口元に笑みが浮かんだ。
「じゃあ、気合い入れて行くわよ」
「OK、相棒」
俺たちは右手の甲と左手の甲を叩き合わせてから、思いきって部屋に飛び込んでいった。
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「なによ! 弱いくせにデカイ面してんじゃないわよ! この! この! この!」
リンは倒れたドラゴンの躰を蹴りつけていた。
まぁ……気持ちはわかる。
戦闘開始から、わずか1分――時計回りに走りながら、二丁拳銃で200発近い弾を撃ち込んでみると、炎を吐きかけていたドラゴンが、突如としてよろめき、あろうことか、そのまま倒れてしまった。しかも今は、尻尾のほうがゆっくりと分解している。
一応、ラスボス扱いなので、雑魚のように一瞬で消えないようだ。
つまり。
「これでクリア……か?」
俺は誰にともなく尋ねてみた。
なんと言うか、拍子抜けもいいところだ。
でも、これはゲームなのだから、実際にはこんな感じだろう。というか、そもそもここは初心者用のチュートリアル的なフィールドだ。俺たちでさえ苦戦するような難敵がいたとなれば、それは別の意味で問題になるはずだ。
「あぁ、もう! あんなに恐がってたこっちが馬鹿みたいじゃない!」
リンは濃褐色の頬を真っ赤に染めながら俺のいるところまで戻ってきた。
俺はドラゴンの頭の近くに立っている。リンは消滅が始まった尻尾を確認に行った帰りに、八つ当たりとばかりに背中を蹴りつけていた、という次第だ。
とにもかくにも。
「これだと10分オーバーぐらいでおさまるんじゃないか?」
「……だね」
リンもウィンドウを開き、時間を確認した。
現在、11時7分。
もし俺たちが尻込みしていなければ、間違いなく11時前に終わっていたと思う。
「でもさ――これから、どうなるの?」
「知るかよ」
消滅が頭部に達し、とうとうドラゴンの頭も消え去った。その直後だった。
――リーンゴーン、リーンゴーン、リーンゴーン
教会の鐘の音が室内に響き渡った。
俺たちはうろたえながら周囲を見回した。
――よくぞ試練を克服した!
朗々とした壮年男性の声が響き渡った。
――我は至高の魔杖、ファンタジア! 汝らをこの世界に召喚せしものなり!
「イベント?」
「……っぽいな」
――我は最後の十二英雄、エレインの名のもとに、汝らが正当なる《青》の魔杖師であることを、ここに承認する! ゆえに我は、汝らに道標を示す! 汝らを召喚せし、真の理由をここに明かすものとする!
真の理由? 公開されていない裏設定でもあるのか?
――我を求めよ!
ファンタジアは宣言した。
――世界に散らばる十二の鍵を探し出し、我を求めよ! そこに全てがある!
再び教会の鐘が鳴り響いた。
スーッと周囲が暗くなる。
「シン……」
「ここにいる」
すぐ周囲が明るくなった。室内の様子は、ドラゴンが消えたことを除けば何も変わっていない。傍らにはリンがいるし、俺も《スペルガン》を握りしめたままだ。
「あっ、扉が……」
見ると、開いていたはずの扉が閉まっていた。
「……あそこから出ろってことか?」
「……かな?」
俺たちは小首を傾げながら、とりあえず片方の《スペルガン》を収納、片方をホルスターに差し込み、2人一緒に締まっている扉へと近づいてみた。
軽く触れていると、押してもいないのに両開きの扉が勝手に開いていった。
まぶしい光が差し込んだ。
潮の香りがした。
(――潮?)
扉の外は――中央広場だった。
人が集まっていた。
どよめきが起きていた。
「…………」
「…………」
俺とリンは顔を見合わせた。なにがなんだか、サッパリだった。
トカゲ人間と美女・美少女ばかりということは、蒼都の中央広場で間違いないと思われる。ただ、周囲に集まる100……いや、200人近いテスターたちは、どういうわけか扉の周囲10メートルから先に近づけないらしい。
だが、例外もいるようだ。
「おめでとうございます」
真正面に、古代ローマのトーガを身につけた男性が立っていた。距離は3メートルぐらい。壁があるなら、それを越えてやってきたことになる。
「いやぁ、それにしてもさすがですね。まさか公開直後に、それも最初の挑戦で、2時間もかからずクリアするとは」
俺はピンときた。
だが、先に尋ねたのはリンのほうだった。
「スタッフの方……ですか?」
「はい。今日から配属になった、蒼都市長のセイリュウです」
ただでさえ細い糸目をさらに細目ながらセイリュウと名乗ったスタッフは、じっくりと俺とリンのことを見つめた。
「まぁ、あなた方には簡単すぎたかもしれませんね」
「わたしたちのことを……?」
「えぇ、スタッフの間では有名ですよ。蒼都のコロセウムに14日間も隔離されただけでなく、スタッフでさえ匙を投げているオールS、2回もやりとげたおふたりですからね」
「覗いてのか」
俺は鋭く睨みながら尋ねた。
「全部ではありませんよ?」
蒼都市長はなだめるように両手を胸元に上げた。
「ご存じかもしれませんが、PVはすべての入出力を脳神経系に依存しています。つまりPVの中の出来事は、PVにログインしていないと把握できないんですよ。そのうえ、ここでの映像や音声を外に持ち出す方法も研究途上です。逆に外から持ち込むのは、とんでもなく簡単なんですけどね。なかなか思うようにいかないものです」
「それで?」と俺。
「ですから」
蒼都市長は穏やかに微笑んだ。
「監視といっても、外部から調べられる情報といったら、ログインとログアウトの時間、フラグのオンオフ、あとはウィンドウで閲覧できるような情報ぐらいでして……まぁ、肉眼による監視を行っていたことは認めます。お気づきにならなかったと思いますが、隔離されてからのあなた方には、念のため、監視用の使い魔を貼り付けていました。もし、何かあったら時、困りますから」
「……だったら強制的に移動させれば良かっただろ」
「そう要請されたら、即座に対応するつもりでした。ですが……そうしなかったおかげで、私たちも、とても良い勉強をさせてもらいました」
「どういうことですか?」
どんどん険悪になる俺に変わって、リンが口早に尋ねた。
「トレーニングのメニューです」
蒼都市長は穏やかに答えた。
「それに、なにはおいても、戦い方です。地下5階でのブラックドールとの戦い。あれはお見事でした。うちで最も腕の立つスタッフも、筋がいいと太鼓判をおしたほどです。よろしければこのあと、いろいろと意見をお尋ねしたいところなんですが……」
「予定が詰まってる」
俺はリンを見た。リンは市長と俺とを交互に見ている。
「だから、さっさとログアウトさせろ」
「シン……」
「いえ、お気になさらずに。事情は把握しています」
やっぱり盗聴もしてたのか。
ってことは、ドラゴンを見てビビってたところも、生中継で見てたんだな。
くそっ、なんか腹が立ってきた。
「では手早く終わらせましょう。おっほん」
蒼都市長はわざとらしい咳払いをした。
「えーっ……おめでとうございます。あなた方は“試練場”を、世界で最初に突破した魔杖師です。その栄誉をたたえ、ここに紋章を授与します」
「んっ」と俺。
「きゃっ」とリン。
不意に胸元が熱くなったのだ。痛みすら伴う熱さだ。見るとリンも胸元を押さえていた。
「おやおや……」
蒼都市長がなにやら意味深に笑っている。
「……てめぇ、なにをやった」
「紋章の授与です。熱くなったところを確認してみてください」
言われるままTシャツの襟を引っ張ってみると、確かに首の真下、胸の中央に何か奇妙な青い刺青がついていた。
「それがなんであるか、あなた方が自らの手で解き明かしてください」
蒼都市長は穏やかに語った。
「私からの助言はひとつだけです――答えは彼方にあり」
「どこだよ、彼方って」
「私にもわかりません。現場のスタッフには、グランドイベントの情報、まったく降りてこないんです」
俺は市長を見た。
糸目なせいで、表情が読めない。
なんとなく、掌の上で踊らされている感じがした。ムカつきが強まった。
「これで終わりなんだろ?」
「えぇ、終わりです」
「だったらどけよ」
「あぁ、ログアウトですよね。お急ぎみたいですから、この場で私が。あぁ、ログアウト・プレイスは中央広場ってことになりますから」
市長はそう言いながらダブルタップでウィンドウを展開した。
「おい」俺は割り込んだ。「監視、解除しろ」
「えぇ、わかりました」
意外なくらい、あっさりとした返事だった。
「私の権限で、ブラックリストから削除しておきます」
「……どういうことだ?」
「対象者だけを監視するんです。そういう取り決めでしたので今回は裏技的に使いましたが……ちゃんとお二人がログアウトしたあとで削除しておきます」
「わかった」
だったら文句はない。
「シン」
傍らのリンは、ホッと安堵の吐息をつきながら俺のことを見上げてきていた。
かと思うと、いつものムッとした睨み顔になった。
「あんた、短気すぎ」
「……悪い」
「でも、今回は許す」
リンはバンッと俺の背中を叩いた。
「では、ログアウトしますよ」
市長がウィンドウに触れた。途端、視界が暗転し、独特の浮遊感が襲いかかってきた。
まだ――と言いたかったが、間に合わなかった。
気が付くと俺はPVベッドに寝ていた。
フードがあがっていく。
すぐ立ち上がり、机に向かった。机上の目覚まし時計は11時28分を差していた。
「28分も……」
問題はもうひとつ――リンと次の待ち合わせについて話していないことだ。
と思っていたら。
――キンコーン
かすかに何か聞こえた。
ふと、開けっ放しにしていたノートパソコンを見ると、立ち上げたままにしているSCOP3のウィンドウが展開していた。アドレスコールだ。接続者のHNは“LIN”。
慌ててインカムを付け、受話ボタンをクリック。
新規ウィンドウが開いた。
画面には、色白で、艶やかな黒髪を背に伸ばした、ライトブルーのパジャマを着込む、同世代の女の子の顔が映っていた。
〈もしもし、シン?〉
「……リン?」
〈質問そのいち。あんたのパソコン、カメラついてる?〉
「ちょい待て」
俺は大急ぎで椅子に座り、透過カメラ――液晶パネル越しに映像を取得するカメラ――の映像取得を始めた。左下の画面に俺が映し出される。俺は迷わず、本番ボタンを押した。
リンは黙り込んだまま、ジッと俺のほうを見ていた。
俺も黙り込んだまま、ジッとリンを見つめた。
〈……ホントに色が違うだけなんだ〉
「そうだって言ったろ」
〈で、リアルなわたしについての感想は?〉
「胸が小さい」
途端、リンは躰を捻りながら、両手で胸を隠した。その仕草が、いつぞやの胸を隠した時とまったく同じだったので、俺はついつい、口元を抑えながら顔を背けてしまった。もちろん、不用意に爆笑しないように、だ。
〈な、なによ! 小さくて悪かったわね!〉
「悪い。ホント。悪かった。間違いなく、おまえはリンだ。うん。間違いない」
〈そんなの当然じゃない!〉
「だから悪かったって。それより、急ぐんだろ」
〈そうだけど……〉
「文句は次の定時に聞いてやるって」俺は苦笑した。「それでいいだろ?」
リンは一瞬だけ真顔になると、輝くような笑顔を浮かべた。
〈OK、相棒。逃げるんじゃないわよ、いい?〉
俺は笑いを堪えながら答えた。
「OK、相棒」
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斯くしてゲームは始まった。俺はもう、退屈ではなくなっていた。
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