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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[03]


「――て待て待て!」
 といった頃には、周囲の光景が変化していた。
 そこはドーム状の天蓋(てんがい)に覆われた、ローマのコロッセウムを思い起こさせる運動場の中央部分。クロウは、そんな無人のコロシアムの中央に、ポツンとただ一人で立たされていた。
〈これより模擬戦闘、ならびに最初のクエストを開始します〉
 どこからともなくナビゲーターの声が響いてくる。
〈模擬戦闘に勝利すると、第一階層のどこかにランダムワープします。そこからここ、コロシアムに至るストーンサークルを探し出し、帰還してください。このファーストクエストの詳細ならびにボーナスは、データウィンドウのクエストの中に記録されています。それでは頑張ってください。幸運を祈ります〉
「おい! 待てって言っただろ! スキルの説明くらい――」
――KISYAAA!
 奇声が響いた。
 ハッとなって音の出所に目を向けると、そこには犬の頭をしたコボルトが――


(無茶苦茶っていうか、なんていうか……)
 松明を拾い直したクロウは、倒したクリーチャーが落とす“ドロップアイテム”を拾うべく、自らの左肩を二度タップした。
 瞬時に合計三つのウィンドウを周囲に展開する。
 正面にあるのは基本データが表示されたキャラクターウィンドウ。フィギアの横に記されているデータによると――

NAMEKLAW
LEVEL6 ( 190 / 320 )
CLASSLIGHT WARRIOR
SKILLONE HAND SWORD( 03.37 )
PARRYING( 01.93 )
MAPPING( 00.01 )

――ということになっている。
 右手のウィンドウはアイテムウィンドウ。クロウは周辺に転がる直径五センチほどの半透明なボールオブジェ――触感はゴムボールそのもの――を拾い上げては、適当にアイテムウィンドウに中へと押し込み、収納していった。
「さてと……」
 改めて周囲をグルリと見回してみる。
 左手に表示されたデータウィンドウ――現在は《マッピング》スキルで自動作成された踏破地域の俯瞰図(ふかんず)が表示されている――を確認するまでもない。彼がいるのはちょうど一ブロック、つまり一辺九メートルの立方体状の部屋の中だった。
 『WIZARD LABYRINTH』では、この“ブロック”がマップの基本単位になっている。マニュアルによると一階層は一〇〇ブロック×一〇〇ブロックで形成されているそうだ。これが全部で十階層分もあるというのだから、その広さは半端ではない。
(東京ドーム何個分あるんだか……)
 正解は階層ひとつで約六個分の体積。
「ふぅ……」
 クロウはガリガリと頭をかきながら、データウィンドウとキャラクターウィンドウの表示位置を交換、真正面に持ってきたマップをジッと見つめ、考え始めた。
 必死の思いでコロシアムのコボルトを倒したのが今からちょうど一時間五十三分前のことだ。直後、ランダムワープさせられた場所は、第一階層北東部の一ブロック部屋の中だった。さて何が待ちかまえているのやら――と踏み出してみると、小部屋の周囲は一寸先も見渡せない濃霧地帯、ダークゾーンの一種だったのだから苦笑するしかない。頼みの綱のマップを見ることもできず、一か八か進み続けたはいいが……
(ここで一方通行のどんでん返しにはまって……)
 クロウの視線は一方通行のドアを意味する“赤い四角に矢印がついた記号”に向けられていた。そこを通り、入り込んだ場所はウネウネと道が曲がりくねっている文字通りの迷路地帯だった。次々と現れるクリーチャーと戦い続け、無数の行き止まりに行く手を阻まれ――どうにか見つけ出したドアを越えてみると、今度は二方、三方、四方にドアが配置された小部屋ばかりが続くドア地獄が始まった。
 不幸中の幸いは遭遇するクリーチャーが、強いものは単体で、ザコは四体以下で登場しているという点である。そうでなければ、拾い集めた回復アイテムはとうの昔に使い果たし、ファーストクエストすらクリアーできぬまま死亡していただろう。クロウはそう考えていた。
(さて……)
 マップウィンドウに表示される方角を確認したあと、彼は全てのウィンドウを閉ざし、南側のドアへと向かうことにした。
 ドア――といっても、正確には消防用の隔壁を思わせる錆び付いた鉄板が壁の中央に埋まっているだけである。だが、クロウが近づくなり、その壁はガガガッと音をたてながらせり上がりはじめた。
(……なにがでるやら)
 ヒョイッとしゃがみこみ、下にできた隙間から向こうの部屋の中を――
「キャッ!」
 悲鳴が響いた。同時に、何かがザザザッと滑りながらドアのこちら側へと滑り込んできた。
「うわっと!」
 慌てて横に跳び退く。
 寸前までクロウがいた位置を、小柄な影が滑り抜けていった。
 躰を“く”の字にし、お尻から滑っているところを見ると、何かに吹き飛ばされた直後らしい。実際、ザザザッと砂塵を舞い上げながら滑っていく姿は、それ以外のなにものでもなかった。
 ただ――
「はっ?」
 ここまで迷宮で出会った“自分以外の動くモノ”といえば“異常にリアルなクリーチャー”だけだった。しかし、真横を滑り抜けていったモノは、どこからどうみても人間の女性である。それも、女の子。自分と同じ十四、五歳で、身につけているものまでまったく同じという女の子だ。
「痛たたた……」
 彼女は顔をしかめながら上体を起こした。
 頬といわず体中が土埃で汚れている。形状までまったく同じブレストレザーを見る限り、胸のふくらみはお世辞にも豊かとはいえないらしい。だが、シャギーの入ったライトブラウンのショートボブといい、クリッとしたつぶらな瞳といい、目にするだけで、鼓動が高鳴ってしまうほどの可愛らしい少女だった。
「なんなの」よ――と続けようとしたところで彼女は絶句した。
 左手でお腹を押さえ、右腕で上体を起こした姿勢のまま、クロウを見上げ、口をポカーンと開けている。
 クロウも同様だ。彼も口を半開きにした情けない表情で、その女の子の顔を見返し続けている。
「えっ?」「えっ?」
 と、二人が同時に疑問符を頭上に浮かべた、まさにその時だった。
――WOOOOOOOOOOO!
 雄叫びが響いた。
 ハッとなったクロウと少女は、開放状態のドアから反射的に跳び離れた。
 いや、より正確には“逃げた”というべきだろう。なにしろドスドスドスという地鳴りを響かせながら、何かがこちらの部屋に突進してこようとしていたのだ。荒事に慣れていない人間なら、遠ざかろうとするのが普通である。
――WOOOOOOOOOOO!
 飛び込んできたのは、巨人だった。
 本当に大きい。身長だけでも三メートルを超えているかもしれない。
 それにもまして目に付くのは、ボディービルダーを思わせる筋肉質な肉体だ。躰を覆う衣服は膝下まで垂れ下がる腰布のみ。巨大な両刃のバトルアックスを両手で握りしめ、唾をまき散らす頭部は黒色の猛牛の頭部そのもの――
(ミノタウロス!?)
 クロウはこれまで蓄積したゲーム知識から、その怪物の正体を推察した。
 だが、大きすぎる。
 いや、そうとも言えない。
 確か『WIZARD GUNNER ONLINE』のミノタウロスは、プレイヤーキャラクターの二倍近い身の丈を誇る巨人として登場したはずだ。少なくとも、記憶の片隅にあるスクリーンショットではそうだった。『WIZARD LABYRINTH』の基本的なデータは『WIZARD GUNNER ONLINE』のものを流用しているのだから、それと同じであったとしても何もおかしくはない。
(だからって!)
 クロウは左の脇をしめ、バックラーで胸元をカバーするような体勢になりつつ、思いきってミノタウロスの背にブロードソードを振り下ろしてみた。
 そう、背中だ。
 ミノタウロスは狂ったように雄叫びをあげつつ、こちらの部屋に滑り込んできた少女のほうに突進を続けていたのだ。
「うわっ!」
 壁際に逃れていた少女が真横に飛び転がる。
――ズォン!
 ミノタウロスは肩から壁に激突した。
「だぁぁぁっ!」
 クロウはその背にブロードソードを叩き込んだ。
 グシュッという手応えと共に、ブロードソードの先端がミノタウロスの背に埋まりこんでいく。ミノタウロスの頭上には“MINOTAUROS”という立体文字と、黄色くなるまで減少したHPバーが表示された。
(いける!)
 クロウは刃を抜き、後ろに跳び下がった。
――WOOOOOOOOOOO!
 振り返ったミノタウロスは、クロウを凝視するならバトルアックスを振り上げた。
「こいっ!」
 攻撃阻止限界点照準にバックラーを重ねる。
 金属音の激突音と重く強烈な鈍い衝撃が同時に襲いかかってきた。
 激痛すら伴う衝撃だ。その証拠に、頭上に浮かんだ“KLAW”という白い立体文字の下では、緑色のHPバーが少しだけ減少、ついに半分以下を意味する黄色へと変色していった。防御したにもかかわらず、HPが削られたのだ。まともに喰らっては一発で昇天できる。
「たぁっ!」
 不意の少女の気合いの声が響いた。見ると彼女はフェンシングを思わせるスタイルでミノタウロスの右太股にブロードソードを突き刺していた。
 ミノタウロスのHPバーが減少する。残り四分の一を意味する赤に変色していないが、それに限りなく近いところまでバーは減少していった。
「挟め!」
 痛みに顔をゆがめながらクロウが叫んだ。
「そっちが!」
 少女はバックラーで頭部をかばいつつ、後ろに飛び退いた。
――WOOOOOOOOOOO!
 ミノタウロスが少女の方を向く。
(おいおい……)
 攻撃した相手を狙う――それがこの怪物の戦闘アルゴリズムらしい。呆れるほどの単純さだ。思い起こせば、コボルトの攻撃パターンも単調だった。もしかすると第一階層のクリーチャーはすべて単純なのかもしれない。
――ガンッ!
「くっ……」
 少女はミノタウロスの一撃をバックラーで絶え凌いだ。だが、彼女も骨まで染みる衝撃を受けたのだろう。パリングしつつも片膝をつき、頬を歪ませていた。
 考えるのはあとだ。
 クロウは先ほどの少女の一撃、足を狙ったものを思い出しつつ、
「フンッ!」
 軽く右に跳び、怪物の太股を横に切り裂いた。
――ザシュッ
 ミノタウロスはグワッとこちらに向き直った。
 バトルアックスを振り上げてくる。
 クロウはニヤリと、不敵に笑った。
「かもーん」
――WOOOOOOOOOOO!
 ミノタウロスの咆哮が手狭な室内に響き渡った。

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